ペーソスとナンセンス
自由奔放でありながら実は真を突いた?!絵本です。
おばけリンゴ | ||||
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読み聞かせ目安 高学年 10分
あらすじ
むかしあるところにワルターという貧乏な男がいました。
ワルターは、リンゴの木を一本持っていました。葉も幹も丈夫で立派な木でしたが、なぜか実を付けません。
ワルターは、隣のリンゴの木に、花が咲き、たわわに実がなるのをうらやましく眺めていました。
「ひとつで いいから。、うちのきにも リンゴが なりますように。そんなに りっぱな みでなくても いいのです。ひとつで いいから ほしいのです。」
ワルターは祈りました。
そして、その願いは・・・叶えられました!
ある春の夜、リンゴの木にひとつの花が咲きました。
ワルターは大喜び!!
その日からワルターは、花の番に精を出します。
昼夜を分かたず、雨風、強い日差しから花を守り、ミツバチを招き・・・そして夏に、花は実となりました!
ワルターは嬉しくてたまりません!!
秋になると、リンゴは日増しに大きくなりました。
でも、ワルターはリンゴをとらずにいました。
すると・・・、リンゴは、とてもとても、とんでもないほど大きく大きくなったのです!
ワルターはある日、とうとうリンゴをとって、市場へ運ぶことにします。
でも、リンゴは大きすぎて、汽車に乗せられません!
ワルターは仕方なく、おばけリンゴを背負って運びました。
やっとのことで市場までリンゴを運びましたが、市場の人々は、ワルターのリンゴがあまりに大きいので、誰も本当のリンゴと信じてくれません!だーれも買ってくれないのです!!
ワルターはしょんぼり・・・。
仕方なく、家に持って帰り、またリンゴの番をしました。
リンゴの番は、もう前のように楽しくありません。
一方その頃、この国に恐ろしい竜が現れ、国中の食べ物を食い荒らし、人々を苦しめはじめるという事態が発生!!
勇敢な秘密警察は、策を練りましたが、どうにも竜を退治できません。
その時、秘密警察は、ワルターのリンゴを思い出し、竜に食べさせることにします。
大急ぎでワルターの家に駆け寄りました。
ワルターも、もうリンゴの世話はうんざりだったので、喜んで差し出します。
そして秘密警察が、おばけ竜におばけリンゴを食べさせると・・・なんと、竜はリンゴをのどにつまらせ、死んでしまったのです!!
国中大喜び!!
心配事のなくなったワルターも、すっかり元気になり、今度はこう祈りました。
「ふたつで いいから、リンゴが なりますように。ちいさな リンゴで いいのです。かごに はいるくらいのが ほしいのです。」
と。
読んでみて…
なんとも奇妙な絵本です。
決して上手いとか、きれいとはいえない絵。
リンゴの木は、ずどんと太く、黒い幹にとげとげの枝。
背景の丘や野原も、ぼさぼさと塗りたくった感じ。
木と家、人、花。描き込まれたもののバランスは、大小の均衡も遠近も何もなく、ワルターの家は、ページによって窓が二つだったり四つだったり・・・。
主人公ワルターは、見るもみすぼらしいおじさんだし、王様でさえ、なぜか灰色のさえない顔をして、ピンク一色の奇妙な服を着ています。
均衡、統一性、整った美しさ、そういったものが全くない。実に変わった絵なのです。・・・が・・・、どこかみょーな魅力があります。・・・なんだろう?
お話も、奇妙といえば奇妙です。
やっと実ったリンゴの実。やっと実ったと喜んだかと思えば、大きくなりすぎて売れない。大きな厄介者を抱え込むはめになる。
でも、その厄介者が、竜の退治に役に立つ。でもでもその竜退治、国中が恐れをなすおばけ竜が、リンゴを喉に詰まらせただけで、あっけなく死んでしまうなんて!!
やっぱり、この絵本も「ナンセンス絵本」の類なんだろうなと思います。
ワルターは、リンゴが欲しい欲しいと願う。やっとその願いが叶ったと思ったら、リンゴの世話に振り回され、市場では売れず、悩みの種となる不条理。
でもその不条理な代物が、なぜか世の中の役に立って、かつ、おさらばできるという不条理?!( ついでに、リンゴが欲しい欲しいと願っていたワルターが、実はリンゴ嫌いというオチまであります・・・。)
なんだか絵もお話も、行き当たりばったりに描いているように見えますが、この絵本は、決して美しいばかりじゃない、均衡がとれてばかりじゃない世の中。矛盾や不条理をはらんだままどうにか調和?を保っているこの世の中。願いが叶えばそれでいいだけではないというような事柄を、描いているのだろうなと思います。
ワルターの、やっと叶った願いに振り回され、それがかえって悩みの種になっている姿は、芥川龍之介(1892~1927)の「鼻」(1916.2.15『新思潮』)や「芋粥」(1916.9.1『新小説』)などに通じるペーソス、うら悲しい寂しさも感じてしまいます。
竜退治に招聘された、精鋭ぞろいなはずの秘密警察が、竜退治に選んだ代物がリンゴというのも、なんだか拍子抜けでナンセンスです。
権力的なものを、ひっくりかえしているという感じもしてきてしまいます。
構図、構成など考えず、行き当たりばったりに奔放に描いた、一見稚拙なような感じのする絵本ですが、単なる稚拙さ粗雑さではない、ナンセンスでこの世のありさまを気づかせてくれる絵本なのだと思いました。
お話も単純、絵も単純でまるで子どもが描いたよう。それもあんまり絵が上手でない子が描いたような絵本ですが、実は、描き出しているものは真理を突いている。そういった絵本なのだと思います。
表面のお話のドタバタを楽しむのであれば、小さな子どもでも十分楽しめると思いますが、条理・不条理こもごも含め持った世の中に気づき始めた大きくなってきた子どもに、おすすめの一冊です。
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いつもありがとうございます。
今回ご紹介した絵本は『おばけリンゴ』
ヤ―ノシュ作 矢川澄子訳
1969.3.31 福音館書店 でした。