神秘的で幻想的な絵本
無意識と象徴の世界をへての成長
読み聞かせ目安 高学年 5分
あらすじ
パパは海へおでかけ。
ママはお庭の東屋。
アイダは赤ちゃんのお守。
けれど赤ちゃんを見ないでいたら・・・ゴブリンたちが赤ちゃんを連れていってしまいました!
アイダはカンカンに怒って、赤ちゃんを取り返しに向かいました。
でも・・・後ろ向きになって窓枠を超え、アイダは窓の外のそのまた向こうへ出ていってしまいます。
アイダがふわふわ飛んで、泥棒たちの洞窟の側を通ると、パパの歌が聞こえてきました。
「うしろむきでは なんにもできぬ ぐるり まわって ホルンをおふき あかんぼさらいの ゴブリンたちの けっこんしきが はじまるよ!」
アイダがぐるりと回ると、そこはゴブリンの結婚式の真っただ中。
妹みたいな赤ちゃんがいっぱいいます。
アイダの妹はどの子???
アイダがホルンを吹くと、ゴブリンたちはみな踊りだし、息がつけなくなって、川に入って見えなくなってしまいました。
ひとりだけ残った赤ちゃんは、歌ったり手をたたいたりしています。
これこそアイダの妹!
アイダは大喜びで、赤ちゃんを抱いて帰りました。
帰ってみると、パパからの手紙がきていました。
パパの留守、アイダがママと赤ちゃんを、しっかり見ていてくれるだろうと。
読んでみて・・・
ちょっと不気味な怖さ、不安やいら立ちを、無意識の領域から象徴的に描いた絵本です。
主人公の女の子アイダは、赤ちゃんのお守をしていますが、ちょっと目を離したすきに、ゴブリンに赤ちゃんをさらわれてしまいます。
はじめ穏やかだった窓の外は、暗くなり、やがて嵐の海に。
庭で美しく咲いていたはずのヒマワリたちも、モザモザと荒れ狂うように咲き乱れ、まるで焦りといらだちに満ちた、アイダの心の様子を表しているかのようです。
アイダはママの黄色いレインコートを着て、妹を連れ戻しに出かけます。
でも、アイダの出ていった世界は、まどのそとのそのまたむこう。
普段の外の世界とは違う、暗くてでもやけに白く明るい月の光に照らされた、岩の洞窟の世界。不気味なゴブリンたちの住む所です。
怒りと不安を抱えたまま、アイダは妹を探しに出かけますが、そんなアイダを支えたのは、遠い海から聞こえてきたパパの歌でした。
「うしろむきでは なんにもできぬ ぐるり まわって ホルンをおふき あかんぼさらいの ゴブリンたちの けっこんしきが はじまるよ!」
パパの歌に背中を押され、アイダはゴブリンたちの結婚式に飛び込みます。そうしてホルンを吹いて、ゴブリンたちを川へ退け妹を救う。
不安の中から抜け出して、果敢に一歩を踏み出せたのは、パパという大きな心の支えがあったからでした。
パパが遠い海のむこうから見ていてくれる。自分はひとりじゃないという意識。パパとの心の通じ合いが、アイダを強いお姉さんに成長させてくれているのです。
アイダはお姉さん。でも、まだほんの子ども。妹ができてからは、きっとママの関心は妹に向きがちで、アイダは寂しい思いをすることもあったでしょう。庭の東屋に座っている、ママの無表情で虚ろな顔も、アイダの心に寂しく響いていることだと思います。
そんなまだ幼い子どものアイダが、不安と怖れの間をさまよいながらも、妹を救うことができたのは、たとえ遠く離れていても声が届く、パパとの信頼関係だったのです。
この絵本の絵はとても重厚で、まるでラファエル前派の絵画のような、象徴性のある細密な描写がなされています。一見、子ども向けの絵本ではないような雰囲気です。テクストはごく簡単で無駄がなく明瞭ですが、絵は各場面、各場面、とても細かいところまで描きこまれていて、それぞれがそれぞれに深い意味が込められているように思えます。アイダが「まどのそとのそのまたむこう」に出ていくという設定からして、もちろんこれはファンタジーなのですが、おもしろ楽しいファンタジーというより、夢の領域、無意識の世界、アイダの心の奥底を描いた、非常に精神性の高いファンタジーになっています。
愛と嫉妬の対象である赤ちゃんが、無意識の闇の世界の象徴であるゴブリンにさらわれ、お嫁さんにされてしまったら、もう取り戻せないこと。
その赤ちゃんを助けにいくアイダは、暗い雲に覆われた空を流されるように飛び、その左下には暗い海の上に船と二人の船乗り、右には羊たちと眠る羊飼い。その下には東屋のママ。そして真ん中には、ランタンと矢じりを抱えたゴブリンのいる洞窟。洞窟の中には泣き叫ぶ赤ちゃん。
それぞれをどう意味づけていいのか、簡単に意味づけてはいけないと感じさせるほどの、象徴性と重厚感があります。全体から感じられる、不安や恐怖。それはそのまま、心理の重層性を表しているようです。
無意識の領域からのメッセージを、さまざまな象徴で表現しているこの絵本は、何事も理論で意味づけしようとする大人が見ると、非常に難解な絵本に見えます。
子どもにはちょっと怖いかな?難しいからやっぱり大人向けなのかな?と思ってしまいますが、子どもは意外とこの絵本を食い入るように見ていきます。
大人はファンタジーでも、頭で考え意味づけそようとするので、難解と感じてしまいますが、子どもは日頃、ごっこ遊びなどを通して、ファンタジーの世界をそのまま生き、現実とファンタジーを自在に行き来することができるため、このような無意識の領域を描いたファンタジーも、無意識のうちに、心の奥底に響かせることができるのではないでしょうか。
子どもだからこそ、理解できるというところがありそうに感じます。
妹弟ができて、それまで両親の愛を独り占めしていた子が、妬ましさや寂しさ、不安を乗り越え成長していく。そんな姿を、象徴性の高い重厚な表現で表した、なかなか他にはないすごい絵本だなと思いました。
またこの絵本は、モーリス・センダックの1作目『かいじゅうたちのいるところ』(1975.12.5冨山房)、2作目『まよなかのだいどころ』(1982.9.20 冨山房)から、11年の歳月をへて描かれたセンダック3部作の、最後の絵本とされている本でもあるのだそうです。
今回ご紹介した絵本は『まどのそとのそのまたむこう』
モーリス・センダック作・絵 脇明子訳
1983.4.20 福音館書店 でした。
まどのそとのそのまたむこう | ||||
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