絵本とむかしばなし

小学校で絵本の読み聞かせや昔話のストーリーテリングをしています。楽しいお話、心温まるお話をいろいろご紹介していこうと思います。

『グロースターの仕たて屋』

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ビクトリアス・ポター2作目の絵本

実話にもとづく?不思議なお話。

            

読み聞かせ目安  中・高学年  15分

あらすじ

グロースターの町の貧しい仕立て屋は、グロースター市長のご婚礼の衣装を作っていた。

無駄なく布やリボンを断って、次の朝縫い始める準備を整え、店の戸を閉めて家に帰った。足りないものは、ボタンホールをかがる紅色のあな糸だけ。

 

家に帰った仕立て屋は、ねこのシンプキンに4ペンス銀貨を渡し、パンとミルクにソーセージ、紅色のあな糸を買いにいかせた。

 

くたくたに疲れていた仕立て屋が、炉の前に座っていると・・・食器棚から奇妙な音が聞こえてきた。

 

「カタコト、カタコト、カタコトカタ!」

 

一体何の音?

仕立て屋が食器棚を覗いてみると・・・伏せてあった紅茶茶碗の中から、ねずみのご婦人が出てきた!

 

「カタコト、カタコト、カタコトカタ!」

 

ひとつだけじゃない。食器棚中からカタコトの合唱が聞こえてくる!

シンプキンが伏せた茶碗や丼の下には、いっぱいねずみが隠してあった。

仕立て屋は、ねずみをみんな逃がしてやった。

 

夜、年取った仕立て屋は、気の毒にも熱を出し、翌日もそのまた翌日も、仕事に行けなかった。

 

「あな糸が たりぬ、あな糸が たりぬ!」

 

シンプキンはねずみを探す。

 

市長のご婚礼がもう翌朝に迫る頃、ねずみを探しに町へ出たシンプキンが、仕立て屋の店の中で見たものは・・・誰もいないはずの仕立て屋で、市長の服を縫うねずみたち!

 

ご婚礼の朝、仕立て屋が店に行ってみると・・・市長の服は、襟も袖も、花柄の刺繍も、何もかもきちんと仕立て上げられていた!

ただひとつ、ボタンホールだけはかがられず、

 

「あな糸が たりぬ」

 

と、小さな文字で書いてあった。

仕立て屋はその後運が開け、裕福な腕の良い仕立て屋になった。

                      

読んでみて・・・

まるでグリムの「こびとと靴や」を彷彿とさせるような、不思議でかわいらしいお話です。

 

貧しけれど丁寧で無駄のない仕事をする仕立て屋が、市長の婚礼衣装を請け負うも、病気で寝込んでしまい、仕事が出来なくなったところを、助けたねずみに助けられ、運が開けるというお話。

 

実はこのお話、『ビクトリアス・ポターの生涯ーピーターラビットを生んだ魔法の歳月ー』(マーガレット・レイン 猪熊葉子訳 1986.10.15 福音館書店)によると、なんでも実話⁈をもとに作られているのだそうです。

ビクトリアス・ポターが、従姉妹のキャロライン・ハットンから聞いた話で、その話というのが、

 

特別の行事用に頼まれたチョッキを仕立てようと、夜遅くまで仕事をしていた仕立て屋が、完成させられずがっかりして帰ったが、翌朝仕事場へ行ってみると仕上がっていて、ただボタン穴だけはかがられず、「もう糸がありません。」と小さな字で書かれた紙片がピンでとめてあった。

 

というもの。

ポターはたちまち、このお話に魅了されてしまったのだそうです。

キャロラインは、チョッキを仕立てたのは妖精の仕業だといったそうですが、ポターは妖精と考えるよりねずみと考えたほうが好ましいと思い、ねずみが仕立てたという設定で、この『グロースターの仕たて屋』というお話を書いたのだそうです。

 

実は、この実話⁉には種があって、本当は妖精でもねずみでもなく、2人の弟子が親方に日頃の恩返しをしようと、夜こっそり店に入り、市長のチョッキを、ボタン穴ひとつ残して仕上げたとのこと。

 

種明かしをしてみれば、なぁんだということになってしまいますが、似たようなお話がグリムにもあるように、ヨーロッパには、夜中に何者かが仕事を仕上げてくれて、そこから運が開けてゆくというこのような不思議なお話が、メルヘンとして伝わっていて、人々の暮らしに溶けこんでいる風土があるのが伝わってきます。

 

この絵本には、他にも遊び心が随所にちりばめられていて、注意深く見ていると、お話の本筋にはない伏線を、あちこちに見ることができます。

 

まずは表紙絵。

眼鏡をかけたねずみが、なにやら新聞を読んでいますが、この新聞は何でも先の『ビクトリアス・ポターの生涯』によると、『仕立てと裁断』という業界紙で、ねずみの読んでいる紙面には、

 

「仕立屋に関して書かれたこれまでになく美しい物語と考えられる。・・・・・・この本はわれわれの顔にほほ笑みを浮かべさせると同時に、目に涙をもたらしたことをうちあけたとしても恥じることはない」

 

と、この本『グロースターの仕たて屋』の書評が書かれているのだそう!

 

この新聞を読んでいるねずみが座っているのも、仕立て屋がずっと気にしていた「べにいろのきぬのあな糸」だし、後ろに描かれているハサミも、なんとボタンホールを切る専用のハサミ、という気のきいたものになっています。

 

各ページにも、細かなシャレがきいていて、貧しい仕立て屋は、いつも無駄なく布地を裁ち、その都度口癖のように、わずかな端切れを見ては、

 

「これでは、なにをつくるにも たりぬ。つくるとすれば、ねずみのチョッキか」

 

というのですが、挿絵の隅に、自分たちのチョッキを作るための端切れを持って走るねずみの姿が描かれていたり、チョッキの仮縫いをしているネズミの姿があったり、まるで花嫁衣裳のような素敵なドレスに身を包んだ娘ねずみが描かれたり!

仕立て屋の残したわずかな端切れが、本当にねずみの服になっていくさまが、お話の本筋とは別に描き込まれているのです。

 

また、仕立て屋の家では留守中、ねこのシンプキンがねずみを捕まえて、茶碗の中に隠していくのですが、食器棚の周りには、シンプキンが仕掛けたであろう、いくつものねずみ捕りに引っかかっているねずみが描きこまれていたり、ねずみを逃がされ、うらめしそうにしていたシンプキンが、ねずみたちが仕立て屋に代わって衣装を作ったのを知り、わが身の卑しさを恥じたのか、じっと神妙な面持ちで、仕立て屋のベッドへ紅茶を運んでいたり・・・。

お話の本筋にない細部まで、実に表情豊かに描きこまれていて、第2のお話ともいえるような裏話を、想像して読めるようになっています。

 

子どもたちは、こんな細部の伏線をたどるのが大好きですよね。

そして大人よりすぐに気づき、大人の方がはっとささられてしまいます。

そんな子ども心も十分に満足させてくれる、いつまでも見ていて飽きない、とても楽しく夢のある1冊だなと思いました。

 

なお、この『グロースターの仕立て屋』は、現在刊行されている箱に入った「ピーターラビットの絵本」集では、第5集15巻ですが、ポターの製作年代は1903年で、最初に書いた『ピーターラビットのおはなし』の次のお話になります。『ピーターラビットのおはなし』とともに、最初は私家版で出版された、ポター2冊目の絵本なのだそうです。

masapn.hatenablog.com

 

今回ご紹介した絵本は『グロースターの仕たて屋』

ビクトリアス・ポター作・絵 石井桃子

1974.2.28  福音館書店  でした。

グロースターの仕たて屋

ビアトリクス・ポター/いしいももこ 株式会社 福音館書店 2019年11月01日頃
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参考文献

『ビクトリアス・ポターの生涯ーピーターラビットを生んだ魔法の歳月ー』

マーガレット・レイン 猪熊葉子訳 1986.10.15 福音館書店

                      

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