絵本とむかしばなし

小学校で絵本の読み聞かせや昔話のストーリーテリングをしています。楽しいお話、心温まるお話をいろいろご紹介していこうと思います。

運命の王子

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古代エジプトのお話

古いパピルスに描かれた不思議なお話。

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読み聞かせ目安  高学年  15分

あらすじ

昔々エジプトに、息子のいない王様がいました。

王様は神様たちにお願いし、息子を授けてもらうことになりました。

 

しばらくして、お妃様は男の子を生みましたが、その子には、ワニかヘビか犬に殺されるという運命が、女神たちによって定められてしまいました。

 

王様は悲しみ、砂漠のへりに石の家を建て、王子を家の外に出さないようにして、育てました。

 

ある日王子が家の屋根に登っていると、道を歩く犬を見て、犬を欲しがりました。

王様は王子に、犬を1匹あげました。

 

やがて王子は、立派な若者に育ち、外の世界へ出ていきたくなりました。

王様は王子に、武器や戦車や船をあてがい、王子は犬と一緒に、旅に出ました。

 

砂漠を横切り、北へと旅した王子は、ナハリンの王の領地に着きました。

するとそこでは、若者たちが、30メートル以上ある高い家の窓に向かって、跳びあがっていました。その窓の中には、ナハリンの王女がいて、王様は窓まで跳びあがれた男に、娘をあげようといっていたのです。

並みいる若者たちが、何度も跳んでみましたが、どうしても窓まで届きません。

そこで王子が跳んでみると・・・なんと届いてしまいました!

 

王子は王女と結婚しました。

 

ある日の夕方のことです。

王子が酔っぱらって眠っていると、1匹のヘビがやってきました。

王子の運命を知る妻は、ヘビを斧で3つに切りました。

 

またある日のこと。王子が幼いころから飼っているあの犬と散歩をしていると、突然犬が王子に襲い掛かってきました!

王子は犬から逃げようと、湖に飛び込みます。

すると・・・湖にはずっと王子の後をつけてきていたという、ワニがいました!

けれどもワニは、湖でずっと戦い続けている大男を、王子が殺してくれたら、王子を離してやるといいます。

王子は、ワニと戦っている大男の心臓を、刀で切って大男を殺しました。

 

しかしその時、王子の後ろに忍び寄ってきた犬が、なんと王子を、ばらばらに嚙みちぎってしまったのです‼

 

夫の亡骸を見つけた妻は、体のかけらをすっかり集め、もとの通り組み立てました。

心臓だけは別にして、水の上に咲く蓮の花の中に置くと・・・なんということでしょう!王子は、元通りの姿に戻ったのです‼

 

その後王子と王女は、《幸せの野》に渡るときまで、幸せに暮らしました。

 

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読んでみて・・・

古代エジプトの不思議なお話です。

 

広大な砂漠を思わせる、輝くような黄色い画面に、目が覚めるような鮮やかなコバルトブルー。赤茶色の肌の男たち。様式化された絵の数々に、各ページ下に綴られた象形文字。一度見ただけで、ぐっと惹きつけられる、エキゾチックな魅力にあふれた絵本です。

 

お話は、デンマークエジプト学者リーセ・マニケが、大英博物館にあるパピルス文書を翻訳したもので、3000年以上も前に、エジプトのある書記によって書かれたものなのだそうです。ですが、このパピルスの巻物は完本ではなく、なんと結末部分が破れてしまっていたため、お話の終わりは、リーセ・マニケが自分で考えて書いたのだそうです。

 

また、この巻物には絵もなかったので、マニケは絵も、自分で付けました。

とはいっても、自分だけの想像で描いたのではなく、このお話が書かれたと思われる時代の、墓の壁画やツタンカーメンの木箱の色絵、現在各国の美術館に収められている、石の出土品の浮彫から、もっともお話に合うものを選んで、挿絵として付けたのだそうです。

この絵本の巻末には、どの絵が何の浮彫から取ったものかという、詳しい説明もあって、ここを読むだけでも、古代エジプトの文化や、当時の人々の神や生き物に対する考え方、色彩感覚、風俗などがよくわかり、とてもエジプトへの好奇心が惹かれるものになっています。

 

王子の顔は、今はクリーブランドの美術館に収められている、砂岩のかたまりに彫られていたもので、テーベから出土したもの。

王女は、エル・アマルナから出土した、石灰岩のかたまりに彫られていたもの。ニューヨークの、メトロポリタン美術館にあるものだそうです。

王女の窓辺に向かって跳びあがっている若者たちは、なんとメディネト・ハブの葬祭殿で見つかった、戦場の浮彫の中から、戦車や馬の下敷きになってめちゃくちゃになっている人々の中から、何人か救い出したものたちなのだそう。

 

王様が子を授けて欲しいと願った神様は、タカの頭をもった太陽神レー・ハラクテ。

王子が退治した大男は、ネケトという生き物で、大きな頭と太った胴体。ワニの尾っぽと、大きな翼の生えた鳥の背中。足にはジャッカルの頭がついていて、頭に載せたかつらの上には、ライオンにタカ、ヘビ、ジャッカルといった恐ろし気な動物たちが積まれています。百万年生きるであろうといわれている、ものすごく強い大男なのだそうです。

 

お話の結末は、ハッピーエンド。

一度は、犬にかみ殺された王子でしたが、妻によってバラバラになった体が集められ、生き返ります。

この結末は、マニケが考えてつけたものですが、これも絵と同様、全くの想像ではなく、エジプトの冥界の神オリシスの神話に、想を得たものなのだそうです。オリシスの神話でも、殺されてバラバラになったオリシスの体を、妻のイシスが集め組み立て、生き返らせています。

また、心臓をハスの花の上に置くことで、王子の再生は完成しますが、これも古代エジプトに、死後ハスの花を介して生まれ変わるという信仰があって、それを踏まえたものなのだそうです。

 

自分が、犬かヘビかワニに殺される、という運命であるのを知りながら、恐れず犬を飼い可愛がり、自分を大事に守ってくれる親の建てた家を出て、広い世の中を旅する王子。逃れられない宿命を、恐れず受け入れ、向かっていく王子には、すがすがしい潔さを感じます。

そんな王子の物語を、ハッピーエンドで締めくくりたいと願い、神話や古代の信仰を取り入れ、想像の翼を広げて、幸せな結末へと導いたリーセ・マニケの、この絵本の創作態度には、彼女の古代エジプトへの、尊敬と憧憬と、そしてなにより深い愛情を感じます。

エジプト学者の、古代エジプト学への深く広い造詣と、それを基にした豊かな想像力の結実によってなった、とても美しく知的な絵本です。

 

エジプトのお話は、日本の子どもたちには、あまり馴染みがないと思いますが、ぜひこのような素晴らしい絵本を通して、楽しみながら、遠い異国の文化や歴史、学者の探求心に触れ学び、知的好奇心と想像力を、豊かに膨らませてほしいなと思いました。

ただ、読み聞かせのときは、青地に黒でテクストが書かれているページがあるので、文字が読みづらいのが、ちょっと難点。そこはよくよく練習して、見えなくても大丈夫くらいにしておいた方がよさそうです。

 

今回ご紹介した絵本は『運命の王子』

リーセ・マニケ文・絵 大塚勇三

1984.10.26  岩波書店  でした。

運命の王子

リーセ・マニケ/大塚勇三 岩波書店 1984年10月
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