命あるものからできている糸と綿のお話
養蚕から糸取りの工程を美しい写真で表した写真絵本です。
読み聞かせ目安 高学年 20分
あらすじ
かつては有数の養蚕の地だったが、今では西村さん一家だけになった。
西村さんの家では、春と秋の年2回、お蚕さんを育て、糸取りまで行っている。
まず、お蚕さんが食べる桑の葉を育て、お蚕さんを育てる部屋に棚を作る。
1万頭以上もの卵を仕入れたら、桑畑へ行ったり来たり。
お蚕さんが繭になるまで、来る日も来る日も、桑の葉をせっせと届けていく。
「いい糸を出してもらわんとな」
一家総出で、大汗かいて笑顔で働く。
食欲旺盛なお蚕さんが、食べなくなってくると、そろそろ繭になるころだ。
蔟(まぶし)と呼ばれるボール紙で作った細かく仕切られた小部屋に、お蚕さんを入れ、天井からつるす。
お蚕さんはそこで、ひとつづつ繭になっていく。
狭い部屋では、蔟折り機という道具も使う。
折り機で折ったわらの谷間で、お蚕さんは繭になる。
繭が出来上がると、次は乾燥。
そして糸取りへ。
お湯に浮かべた繭から、細い糸を集め、撚っていく。
昔、谷の女性は、糸取りができないと嫁にいけなかったそうだ。
均等な太さの糸が挽ける人は、糸取り名人。
カラカラカラと糸が巻かれ、柔らかくぬくもりのある輝く糸ができる。
「糸は生きている。命あるものからできている。」
糸にならない繭は、真綿になる。
強火で2時間茹でたあと、繭を剥いて木枠にかけ、乾燥させ「角綿」を作る。
「角綿」を引き延ばすと、ふっくらとした真綿ができる。
お蚕さんは、すごい生き物だ。
12月には、近所のお寺で、お蚕さんの供養が行われる。
読んでみて・・・
養蚕の工程を綴った写真絵本です。
滋賀県と岐阜県にまたがる金糞岳から流れ出す草野川沿いは、石灰分を多く含んだ地下水が豊富で、糸を取るのに最適な場所。かつては有数の養蚕の地として知られていたそうですが、現在養蚕を営んでいるのは、この本で紹介されている、西村さん一家だけになってしまったのだそうです。
この写真絵本では、お蚕さんを仕入れる前の、桑の葉を育てるところから、丁寧に養蚕の工程が綴られていきます。
お蚕さんのために、栄養のあるいい葉っぱを育てること。
お蚕さんを育てる部屋の準備。
お蚕さんがやってきてからは、驚くほど食欲旺盛なお蚕さんのために、せっせと桑の葉を刈り取り、何度も何度も畑と部屋を行ったり来たり。
お蚕さんが繭になるころには、畑の葉っぱがすっかりなくなってしまうのだそうです。
お蚕さんの食欲が相当なものなら、養蚕家西村さん一家の労力も相当なものです。
でもみんな、とても楽しそう!
お蚕さんを育てる喜びと、愛と、養蚕家としての誇りに満ちています。
お蚕さんも、イモムシの一種なので、一見ちょっとグロテスクな見た目ではありますが・・・、食べて食べて食べ疲れて、「フ~」っと食べ疲れたような仕草をしたり、「もうええわ!」と伸びをしたりする姿が、とても愛らしく、写真もお蚕さんへの愛情が伝わる撮り方になっています。
規則正しく仕切られた蔟に、びっしり詰まった繭。
蔟折り機で折られたわらの谷間は、尊いお蚕さんの寝床といった感じです。
「赤ちゃんから育てていると、愛おしいね」
お嫁さんの則子さんの、慈しみ深い優しい顔も印象的です。
でも、繭を作ったお蚕さんは、このままにしておくと、蛾になって、繭を破ってしまいます。繭が破られると、長い糸が取れなくなるので、乾燥させて、お蚕さんの命を止めなければなりません。
繭を乾燥させたあとの糸取り作業は、小さな命が身にまとってきた温もりを、人の手によって大事に撚り取る作業。「糸とり名人」のおばあさんによって、艶やかな「絹糸」が紡がれていきます。
糸車に巻き取られていく糸、紡がれ束ねられた糸の、なんと美しいことでしょう!
真っ白な糸という素材を、写真に収めるのは、きっと難しいことだと思いますが、この本では、命あるものからできた糸、生きている糸の、柔らかく温もりのある輝きが、はっと息を呑むほど美しく写されています。
糸にならなかった繭からは、「真綿」が取られます。
「綿」というと、「綿花」から取られるものというイメージがありますが、「綿花」から取られる綿を「木綿」、繭から取られる綿を「真綿」といい、これもまた大変な労力と技術でもって作られます。
作業台の上で、「いち、にの、さん」で「シュー」っと引き延ばされた角綿は、「宇宙から見える、地球にかかる雲のよう」です。
かつては日本中で飼われていたお蚕さん。
生糸は世界一の生産量を誇り、近代日本の発展に大きく寄与してきました。
近代工業の発展というと、大規模工場に目がいきがちですが、日本の製糸工業を支えるいちばんの基盤になっていたのは、「糸取り名人」のおばあさんのような、農村の女性たちの伝統的技術と労力だったのだそうです。
また蚕は、「お蚕さん」「お蚕様」と大切に呼ばれ、「匹」ではなく、馬や牛と同じように「頭」で数えられます。虫けらではなく、人間の生活・労働の大切な伴侶として、尊敬に値する存在とされてきたのでしょう。
でも、繭から糸を取るためには、どうしてもお蚕さんの命を、途中で絶たなければなりません。人間が生きてゆくために、他の生き物を殺生すること、修羅の問題は避けては通れません。
そのため昔から、羽ばたく寸前に命を絶たれてしまったお蚕さんは、手厚く供養されてきたのだそうです。供養の時間は、人間の暮らしを豊かにするために犠牲になってくれたお蚕さんに、感謝の気持ちを伝える大切な時間です。
日本各地にある蚕神信仰、おしら様伝説や金色姫伝説といった、養蚕の起源説話なども、きっとお蚕さんを敬う気持ちから発生しているのでしょうね。
このような民俗信仰、民俗的な想像力もまた、養蚕・製糸業の精神的基盤となっていたのだといえそうです。
生糸や真綿が、命あるものからできていること。
私たちは、たくさんの小さな命のぬくもりを、身にまとわせてもらっていること。
そういったことが、温かく美しく伝わってくる、素晴らしい1冊です。
今回ご紹介した絵本は『お蚕さんから糸と綿と』
大西暢夫 2020.1.28 アリス館 でした。
お蚕さんから糸と綿と |
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