芸術と人生を楽しむために・・・
カエルが踊るバレエをとおして、芸術や人生を味わう妙味を教えてくれる絵本です。
読み聞かせ目安 高学年・大人 ひとり読み向け
あらすじ
両生類無尾目のカエルによる、優雅なバレエの解説。
第1部 ポジションと動き
- 第1~第5の基本ポジションについて。
- バーおよびセンターでおこなうポーズとパ
- パ・ド・ドゥ
第2部 カエルのバレエ団
- 終幕のあいさつ
- プリマ・バレリーナ
ちょっとまじめな解説付きで、バレエの動きと芸術・人生について語ります。
カエルのバレエ入門 | ||||
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読んでみて・・・
ちょっと異色の絵本です。
けっこう本格的な、バレエ技術の解説書なんです。
そして何より、述べてあることが芸術論、というとちょっとおおげさかもしれませんが、芸術や人生に対するアフォリズム(警句集)になっているんです。
このブログで、「大人向け」とした絵本をご紹介するのは初めてです。
もちろん小さい子どもでも、この絵本を見て、絵やバレエを踊るカエルの動きを楽しむことはできるとは思いますが、・・・でもやっぱりちょっと難解。早くても高学年~中高生。大人がはっとさせられたり、なるほどねと感じたりすることができる絵本。ある程度人生経験を積んでいないと理解できない絵本になっています。
例えば、「アラベスク」という有名な美しいポーズの解説では、
「アラベスクは、ごらんになればわかるとおり、長い時間もたもっていられるポーズではありません。バレリーナは、片足の爪先で立ちバランスをとり、私たち観客にほんの一瞬アラベスクを見せてくれます。見えたかと思うともう消えてしまいます。でも、精密にコントロールされた腕、手、脚、上半身、頭のつりあいがつくりだす、楽々とした優雅さは、さっと空間にきらめくフルートのひと吹きの、澄みきった音色にもにた印象を残します。
どうやら、美しい一瞬を目にすることが大切なことはもとより、その瞬間の体験を後になって思いだすこともたいせつなようですね。かんぺきな瞬間の甘くほろ苦い思いでの経験をもち、その瞬間にもう一度出あいたいと願わない人がいるでしょうか?過ぎさったその瞬間がもどることはありません。でも観客はいつも、次のアラベスクを心からまちのぞんでもいいーーいえ、まちのぞむべきなのです。」
とあります。
「グラン・ジュッテ」という、男性が女性を高々と持ち上げる動きの解説では、男性の踊り手が、かなりの腕力を持ち合わせていなければならないけれど、鍛え上げた平衡感覚、敏捷さ、一瞬のタイミングの感覚でもって、それがいかにも自然に、力など入っていないように見せなければならないことを述べたあと、
「私たちの懸命な努力も、みなこのようなものではないでしょうか。つまり、いうなれば私たちは、何をすべきなのか大体知っていますし、愛さなければならないことも、許さなければならないことも知っているでしょう。そういうことが自然に、心から生まれてきたときのみ、それは価値ある美しさをもつものとなるのです。」
と続くのです。
バレエという芸術の、ひとつのポーズ、ひとつの動きを論じながら、人生そのものの在り方、生きる上での心がけを示してします。
「デベロッペ」という片脚立ちで、挙げた脚を曲げた状態から伸ばしていく、たいへん高度なバランス感覚のいる動きの解説でも、
「少しでも判断をあやまったり、一瞬でも正確さをかいたりすると、バランスはくずれます。もちろん、同じことがバレエ以外の多くのことがらについてもいえます。わがバレリーナのポーズを見ると、身体のバランスがかんぜんにたもたれているのは明らかですが、その表情から察すると、心のバランスもかんぜんにたもたれています。」
とあったり。
数々のバレエのポーズや動きに、芸術全般ひいては人生全般にも通じる、ウイットに富んだ警句が散りばめられているのです。
芸術的表現の完成についても、優れた芸術は、技術と芸術的感受性が組み合わさってはじめてできること。技術だけでは技巧に終わり、芸術的感覚・感受性だけでは、伝達の手段とならないこと。両者の関係が完璧にいってはじめて、偉大な芸術が生まれることを述べ、そのためには
「バレエの踊り手は、かんぺきなリズム感、音楽と演劇の明確な理解力にくわえて、バレエ芸術にかかせない、すさまじくもおそろしい肉体的要求をみたさなければならないのです。肉体は、自然に反することまでやりとげなければならず、しかもそれを、努力のあとをのこざずに、きわめて自然に見せるようにしなければなりません。」
といい、そしてそのためには、「自分を最高の状態にしておくための戦い」という名の、毎日の練習を怠ることができないのだといっています。
(このくだりを読んで、私は大好きなフィギュアスケートの羽生結弦選手が頭に浮かんでなりませんでしたww)
技術と感性の協調、日々の鍛錬・精進がもたらす芸術的表現の完成。
これはバレエのみならず、あらゆる芸術表現、スポーツ、その他さまざまな分野にも通じることでしょう。
こう書いてみると、とてもこの絵本が堅苦しいように感じられるかもしれませんが、この絵本の語り手は、非常に真摯に、崇高な美の達成を解きながらも、洒落っ気はたっぷり。
真面目にバレエのポジションを説きながら、カエルの「あほづら」にふれたり。爪先を180°開いて立つ第2ポジションを説明しながら、風の強い日には立っているのが難しいといいながら、バレエはふつう室内だから突風に飛ばされることはないといってみたり・・・。
堅苦しく語ってみせながら、へそ曲がりにしゃれのめす。高度な大人の語りの遊びに満ちてもいるのです。
カエルをバレリーナに仕立てているのも、おもしろいところ。
カエルならではの跳躍力が、よりバレリーナの動きを強調して見せ、優美さと滑稽さをこの絵本に与えています。
モノクロの線のみで描かれた絵そのものも、緻密で優美。
そしてカエルの「あほづら」が、どのぺーじにも、真面目さのなかに滑稽さを与えるのに一役買っていい感じです。
崇高さとこっけいのバランスが、芸術でも人生でも大切であることを、この語り手は伸べていますが、まさにそれを具現化したのがこの絵本という感じがします。
子どもにはまだちょっと難しいかもしれませんが、小さいうちは絵を楽しみ、大きくなってから、書かれていることの内容をよく味わうといいタイプの絵本です。
大人にとっても、バレエのけっこう本格的な技術の解説書で、専門用語も多く出てくるので、バレエやダンスに詳しくない方には、 もしかしたら最初はちょっと、取りつきにくいかもしれません。
でも、ちょっとだけ辛抱して?読み進めてみてください。崇高な美を味ったり、会得したりする妙から、さまざまな日常にも通じる気づきを、きっと感じ取ることができると思います。
しゃれた大人の絵本。
ちょっと変わった珍しい絵本のご紹介でした。
たまにはこんな、毛色の変わった絵本もいかがでしょうか。
今回ご紹介した絵本は『カエルのバレエ入門』
ドナルド・エリオット文 クリントン・アロウッド絵 蘆原英了・薄井憲二訳
1983.3.25 岩波書店 でした。
カエルのバレエ入門 | ||||
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