絵本とむかしばなし

小学校で絵本の読み聞かせや昔話のストーリーテリングをしています。楽しいお話、心温まるお話をいろいろご紹介していこうと思います。

『エミリー』

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詩が生まれるとき

無垢な心を持った少女と詩人の出会い。

            

読み聞かせ目安  高学年  15分

あらすじ

私の家の向かいには、“なぞの女性”と呼ばれる人が住んでいます。

もう20年も、家の外に出たことがなく、家に知らない人が来ると、隠れてしまう人。

頭がおかいしいのだという人もいますが、私にとって、その人はエミリーです。

 

私たち一家が引っ越してきて間もないある日、ドアの郵便口へ、手紙が投げ込まれました。

その手紙は、“なぞの女性”からのもの。

ママに、ピアノを弾いてもらいたいのだそうです。

 

翌日、ママと向かいの黄色い家にいくと、“なぞの女性”の妹が、客間に通してくれました。振り向いたとき、白いものが、階段を駆け上がっていくのが見えました。

ママが1曲弾くと、階段の上から、小さな拍手と、小さな声が聞こえてきました。

 

「ごしんせつなおとなりさん、コマドリもあなたにかないませんわ。もっとひいてください。もう、春がそこまできているような気がしてきました」

 

次の曲が始まると、私はこっそり部屋を抜け出し、ドキドキしながら、階段の下までいきました。階段の上には、白い服を着た女の人が座っていました。

「いたずらおちびちゃん」

「こちらへおいでなさい」

 

私はその人の側へいき、ポケットに入れていたユリの球根をあげました。

するとその人は、さらさらと紙に何か書いて、私にくれました。

 

やがて春がきて、私は部屋の下に、ユリの球根を植えました。

エミリーも植えたでしょうか?

 

この世の中には、不思議な謎がたくさんあります。

                    

読んでみて・・・

アメリカの詩人、エミリー・ディキンソン(1830.12.10~1886.5.15)。

生涯独身で、生涯父親の家で静かに暮らし、特に亡くなるまでの20数年間は、ほとんど誰とも接することなく過ごした女性。それがこの絵本の“なぞの女性”、エミリーです。

エミリーは、今ではアメリカで人気の詩人ですが、生前には世に知られることなく、死後1800篇近い詩が、妹によって発見されました。

この絵本はそのエミリーを、向かいの家に越してきた少女「わたし」の目を通して、瑞々しい感性で描きあげたものです。

 

ママに連れ添われ、このエミリーの家を訪れた少女「わたし」。

引っ越してきてまだ間もない家の玄関に、一通の手紙が投げ込まれてから、ずっと「わたし」は向かいの“なぞの女性”に、興味を惹かれてきました。

他人から「頭がおかしい」とまでいわれている女性。

もう20年近く、家にこもりっきりの女性。

どんな人だろう?

寂しくないのかな?

詩を書いているらしいけど、詩ってなあに?

 

パパに問いかけていくのですが、詩とはなにかという問に対する、パパの答えが素敵です。

 

「ママがピアノをひいているのをきいてごらん。おなじ曲を、なんどもなんども練習しているうちに、あるとき、ふしぎなことがおこって、その曲がいきもののように呼吸しはじめる。きいているひとはぞくぞくっとする。口ではうまく説明できない、ふしぎななぞだ。それとおなじことをことばがするとき、それを詩というんだよ」

 

ただの楽譜や音、ただの文字が、鍛錬を重ね、命が吹き込まれ、生き物のように動きだす。魂や感情が、音や文字に宿ったときはじめて、芸術が誕生する瞬間の神秘を、子どもにもわかりやすい言葉で、端的かつ優しく説いてくれます。

この言葉をきいた少女の「わたし」は、無垢な心でそれを受け止め、自分が持っているユリの球根にも、それと近いものを感じていきます。

球根は、かさかさで死んでいるように見えるけど、中には命が潜んでいる。

お日さまの光や雨が注ぎ込まれれば、ぐんぐん大きくなって美しい花が咲く、ということを。

 

エミリーに会った「わたし」は、エミリーに球根をあげ、エミリーは紙に、何か字を書いて、「わたし」にくれました。

 

「さあ、これをしまっておいて。わたくしもあなたからいただいたものを、かくしておきますから。りょうほうとも、そのうちきっと花ひらくでしょう」

 

「わたし」が感じていた、球根と詩の親近性を、エミリーは瞬時に感受してくれたのです。

 

この絵本は、無垢な少女と、一風変わった詩人との出会いを、淡々と描きながら、詩とは何か、芸術とは何かということを、そういったものが生まれる神秘を、さりげなく、けれども心に沁み入るように描いた絵本なのだなと思います。

 

この絵本の始まりのページは、家のドアを開けて、明るい戸外を見ている、エミリーと思われる女性の後ろ姿。

終わりのページは、同じ扉が開け放たれたまま、もう誰もいなくて、明るい光が差し込まれているばかり・・・。

エミリーが、外に植えたユリが咲いたのか、様子を見にいったのでしょうか?

 

内にこもっているけれど、心は固く閉ざされているのではない、明るい外に開かれていて、美しいものを求めている。

秘めているものが、生き生きと動き出す瞬間が、芸術の生まれるとき・・・。

そんなようなことを、表しているように感じました。

 

バーバラ・クーニーの、透明感があって、落ち着いた雰囲気の美しい絵も、お話によく合っているなと思いました。

ちょっと象徴性もあり、静かな本なので高学年~大人向きの絵本です。

 

今回ご紹介した絵本は『エミリー』

マイケル・ビダード文 バーバラ・クーニ絵 掛川恭子訳

1993.9.20  ほるぷ出版  でした。

エミリー

マイケル・ビダード/バーバラ・クーニー ほるぷ出版 1993年09月
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