メキシコの昔話
自然界の摂理と厳しさ、そして力強さ。
読み聞かせ目安 高学年 10分
あらすじ
むかしむかし、うさぎが神様のもとへ行ってお願いをしました。
小さな体であるために、いつも仲間の獣たちからいじめらてしまうから、体を大きくしてほしいと。
神様はいいました。
「よし。では、おまえが とらと、わにと、さるとを、じぶんの てで ころして、その かわを もってきたら、おまえの ねがいを かなえてやろう」
うさぎは、森中でいちばん強いトラと、いちばんむごいワニと、いちばん知恵のある猿を相手にしなければならないことに、途方にくれました。
うさぎは森へ向かいます。
森の入り口で、トラに会いました。
うさぎはトラに、じきに大風が吹いてきて、何もかも吹き飛ばされてしまうから、自分を木に縛り付けてくれと頼みます。
するとトラは、うさぎが縛られたら自分を縛ってくれるものがいなくなるから、自分の方を縛れと頼みました。
うさぎは、トラを木に縛り付け、太い棒を持ってきて、トラを殴り殺し、皮をはぎました。
森の中に入っていくと沼があり、ワニが顔を出しました。
ワニはうさぎを食べようとしましたが、うさぎはすばやく飛びのいて、
「わにさん。どうぞ わたしに みずを いっぱいだけ のませてください。のどが かわいて たまらないのです」
といいました。
ワニは、水を飲み終わったら自分のえさになることを約束させ、うさぎに水を飲ませました。
水を飲んだうさぎは、もうひとつワニにお願いをします。
踊りを踊らせてくれ、踊れば肉が柔らかくなり、もっとおいしく食べられるからというのです。
ワニは承知します。
すると・・・、うさぎの踊りを見ていたワニは、自分でも踊りたくなり、踊りはじめました。でも・・・、体の硬いワニは、頭をそらせたまま目がくらみ、ひっくり返ってしまいました!
そのすきに、うさぎはワニを殴り殺し、皮をはいでしまいました。
次に うさぎは、木の上に一匹の猿を見つけました。
うさぎは、猿を祭りに誘います。祭りで、うさぎの笛に合わせて、太鼓を叩いてほしいと頼みます。
猿は承知し、いっしょに出かけました。
途中で二匹ともくたびれたので、昼寝をすることになりました。
大事な荷物が盗まれてはいけないので、順番に寝ることにしました。
まずは、猿からひと眠り。
すると・・・猿がぐっすり眠り込んだそのすきに、うさぎは猿を棒で殴り殺し、皮をはいでしまいました。
うさぎは、トラ、ワニ、猿の三枚の皮をかつぎ、神様のもとへ向かいました。
うさぎは約束どおり、体を大きくしてほしいと神様に頼みます。
けれども神様はこういいました。
「なるほど。わしは おまえの からだを ちいさくこしらえた。だが、わしは おまえを すばしっこく してやり りこうに つくってやった。だから、おまえは 三びきの すぐれた けものに かつことができたのだ。このうえ、おまえに おおきな からだを さずけたら、きっと、もりじゅうの けものたちを いじめて ころしてしまうに ちがいない。だから、わしは おまえの ねがいを みんなききとどけてやるわけにはいかぬ。しかし、せめて、たった ひとところだけでも おおきくしてやろう」
そして神様は、うさぎの両耳を掴んで、遠い遠い大地へ投げ出しました。
その時から、うさぎの耳は、大きく長くなったということです。
読んでみて…
うさぎの耳が、なぜ長くなったのかの起源説話です。
日本にも世界各地にも、お蕎麦の茎はなぜ赤いとか、海の水はなぜ塩辛いなど、もののいわれを説いた起源説話が数ありますが、これはメキシコに伝わる起源説話系の昔話。
絵本の扉には、
「これは、メキシコが まだ ナオワの国といった時代の、おおむかしの物語です。」
とあるように、ナオワの国つまりアステカ文明を築いた中心的民族、ナワ族に伝わる昔話です。
お話を再話し絵を描いたのは、アメリカとメキシコに22年間在住し、メキシコ絵画の影響を強く受けた洋画家北川民治(1894~1989)。
骨太で力強い絵と、簡潔で無駄のないテクストが、昔話の雰囲気を十分伝えています。
お話自体は、神様がうさぎにトラとワニと猿を殺して皮を持ってくるよう命じ、うさぎがそれをやってのけるという、けっこう怖くて厳しいもの。
ですが、余計な心理描写や、くどくどしい説明などはいっさいなく、ぱきっぱきっと型で語る昔話のセオリーにのっとってすっきり淡々と語っているので、怖さというよりも、自然界の厳しさや原始的な力強さを感じさせます。
うさぎは自分の願いをかなえるため、自分より体や力、知能の優れたものに、ありったけの知恵を働かせて、自分の力で向かっていきます。
生き物が生きるためには、強いものに勝たなければならない、生き物の、自然界の厳しさが描かれています。
また、それと同時に、神様が知恵の働きすぎるうさぎの体を大きくはせず、そのままにしておくところには、自然の摂理、犯してはならない自然界の調和が厳としてあることを、きっぱりと示しています。
原始的で力強いこのお話を、彩り描いている絵もまた、力強く骨太です。
色遣いは、白地に青のみのページと、それに黄色と茶が加わったページが交互に出て来る構成です。地味な色遣いですが、昔話らしい土俗的な香りがしてきます。
木や草や雲、水などは様式化されて描かれていて、ここにもまたアステカ文明の土俗的な香りがします。
祭や太鼓や踊りといった物語を彩る要素も、民俗的な色合いに深みを与えています。
自然界の摂理や犯すべからざる調和、厳しさ、力強さ、そういったものを絵とテクストで、土俗的な雰囲気満点のなか伝えてくれる、優れた絵本です。
絵本の扉には、また、
「そのころすんでいたメキシコ人は、みな、わたくしたち日本人とそっくりの人たちで、アステカ文化という、たいそう高い文化をもっていました。」
とも書かれていますが、この絵本の様式化された絵は、アステカ文明の土俗性を感じさせると同時に、ちょっとアイヌ的な雰囲気、はたまた北欧の民俗的な雰囲気に似たももの感じさせ、「原始的」なものが持つ共通性のようなものも感じさせる、不思議な力も持っているようにも感じました。
メキシコの昔話。子どもたちにとっては、ちょっとめずらしいものだと思います。
いろいろな国の昔話をとおして、いろいろな文化の違いや、思いがけぬ共通性など、さまざまな発見をして、心を豊かに、そして強くたくましく、育っていってもらいたいなと思いました。
今回ご紹介した絵本は『うさぎのみみはなぜながい』
北川民治 文・絵
1962.7.20 福音館書店 でした。
うさぎのみみはなぜながい |
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