ユダヤの昔話
ものの見方捉え方を、面白くみせてくれる愉快な絵本です。
ありがたいこってす! | ||||
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読み聞かせ目安 高学年 10分
あらすじ
むかしある小さな村に、貧しい男が、母親とおかみさんと、6人の子どもたちといっしょに、一部屋しかない小さな家に住んでいた。
家があまりに狭いので、言い争いやけんかは、日々絶えなかった。
ある日、男はがまんできなくなって、ラビ(ユダヤの法律博士、先生)のところへ相談にいった。
ラビは、男に、家のなかに、飼っているひなどりとおんどりと、がちょうを入れて暮らせといった。
男は、ラビのいうとおりにした。
でも、小さな家の暮らしは、前よりひどくなり、けんか騒ぎとわめき声に加え、ぐわぁぐわぁこっこっ、こけこっこう!家中とりの羽だらけ!!
男はまた、ラビのところへいった。
ラビは、今度は家のなかにやぎを入れろという。
男は、冗談じゃないと思ったが、ラビのいうとおりにした。
すると・・・。暮らしはいっそうひどくなった!
わめき声にけんか騒ぎ。ぐわぁぐわぁ、こっこにこけこっこう!やぎは暴れて、角で押したり突いたり!!
男はまた、ラビのもとへいった。
するとラビは、さらに家のなかに牛も入れろという。
男は、とんでもないと思ったが、ラビのいうとおりにした。
小さな家は、もう前とは比べ物にならないほどひどくなった!
けんか騒ぎは絶え間なく、ひなどりさえも突き合い、やぎは暴れ、牛は何でも踏んづけた!!
男は、もうがまんならず、ラビに助けを求めにいった。
ラビは男に、動物たちを、全部家のなかから出せといった。
貧しい不幸な男は、家に帰り、急ぎ動物たちを家のなかから追い出した。
その夜、男と家族みんなは、ひとり残らずぐっすり楽々と休むことができた。
次の日、男はラビのもとへいってこういった。
「おまえさまは おれのくらしを らくにしてくださった。家のなかには、かぞくのものが いるだけで、しずかで ゆったりで 平和なもんでさあ・・・・・・ありがたいこってす!」
読んでみて・・・
ユダヤの昔話です。
表紙とお話のはじまりのページには、小さくて粗末な家のようすが、縦真っ二つに切ったような断面図で描かれています。
けんかする兄弟。屋根裏の転げ落ちそうな狭いところで寝る子ども。棚の上の物を引き落とそうとしている裸ん坊のいたずらっこ。料理するおかみさんも、テーブルやかまどに挟まれそうなありさま。
小さな家に大家族が、ぎゅうぎゅうづめになって、ひしめき合っています!
もう大混雑!!といった感じです。
主の男は、もううんざり。
ラビに知恵を借りにいきますが・・・。いわれたとおり、鳥にやぎ、牛、動物たちを狭い家に入れると・・・ますます家は大混雑!!
それはそれは、すさまじいありさまになってしまいました。
鳥は、狭い家中を飛び回り、テーブルはぐちゃぐちゃ、羽だらけ。
やぎや牛まで入ったら、行水の桶は転がり、洗濯物は翻り、家はわれんばかりの大騒ぎ!
兄弟げんかはひどくなり、おかみさんは旦那を罵り、鍋・食器、食料は散乱!
しまいには、夜空から静かに見守っていたはずの三日月でさえ、なんと割れた窓ガラスから、家のなかに突っ込んでくる始末!!
天も地もわからないほどの大混乱になってしまいます。
そんな大騒ぎの小さな家にも、ラビのいうとおり、動物たちを家から出したとたん、穏やかな静けさが訪れます。というより、もとに戻っただけなのですが、要は気の持ちよう、不満ばかりの事態も、見方捉え方しだいでまったく違ったものになる、ということを教えてくれるお話です。
動物たちが出ていって、静まりかえった家のようすを描いたページは、お話はじめと同じ家の断面図なのですが、はじめの家とは反対(裏)側から描かれています。
家の狭さは変わりなく、おかみさんと主も、おふくろさんと赤ちゃんも、子どもたちも、それぞれぴったりくっついて、狭いところに寝てはいるのですが、その寝顔は穏やかで安らか。猫ものびのびと床の上に寝そべり、転がった椅子や靴まで、ほっとして休んでいるようです。
まったく同じ、大家族が暮らすには狭い狭い家なのに、反対側から見れば、こんなに穏やかということを、絵でも実に上手く、具体的にわかりやすく示しています。
また、男の家は、貧しくみすぼらしいあばら家ですが、暖かな色合いで描かれ、家族のぬくもりも感じます。小さな家で、大勢がひしめき合って絶えずけんかばかりしているのですが、いがみ合って暮らしているというより、活気があるという感じ。貧しくともたくましく生きている人々の、生命力を感じさせます。
大騒ぎの家のなかは、家族の人々の表情も豊か。バラ色の頬は生き生きとして、それぞれの性格が見えるよう。ちょっととぼけたような味わいもあり、うるさくとも愉快な大家族の生活が伝わってくるものになっています。
そして、大騒ぎの家のなかに対して、戸外はとても静か。
のどかにお日様が照っていたり、川は静かに澄んでいたり。
特に印象的なのは、男がラビから牛を家に入れろといわれ、鉛のような重い心を抱えて帰ってくるところ。空が男の心をあらわすように鉛色に重く垂れこめ、雪まで降っているのです。風景が、男の心情を静かに表現しています。
男に適格な意見をくれるラビも、いつも冷静。
静と動の対比が、絵本全体をとおして、見事に描き分けられ、ダイナミックに展開されていく家のなかの大騒ぎが、いっそう引き立つような感じになっているのです。
不満だらけの日常や出来事も、角度を変えてみれば解消する。もっとひどい事態を経験すれば、前の状態がそれほど嫌なものでもなかったことに気づく。もともとあった幸せに気づき、ありがたいことだと認識できる。やもすれば教訓くさくなりすぎるお話を、楽しくダイナミックにユーモラスに見せてくれる、とてもおもしろくしゃれた絵本だと思います。
ユダヤの昔話は、子どもたちにとっては、なかなか触れることのないちょっと珍しいもの。ちょっと知的で哲学的なユダヤの世界観に、このような楽しい絵本をとおして、触れてみるのもいいものだなと思いました。
今回ご紹介した絵本は『ありがたいこってす!』
マーゴット・ツェマック作 渡辺茂男訳
1994.11.20 童話館 でした。
ありがたいこってす! | ||||
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