季節の移ろいと人の営み
自然と人の循環する時間の豊かさを見せてくれる絵本です。
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読み聞かせ目安 高学年 10分
あらすじ
10月。父さんは、荷車に牛をつなぎ、1年間で家族が作りあげた物を、何もかも全部、荷車に積み込んだ。
父さんが刈り取った羊の毛。羊の毛で、母さんが織ったショール。娘が編んだ手袋。
家族みんなで作ったろうそく。息子が料理ナイフで作ったほうき。
じゃがいも、りんご、キャベツ、かえで砂糖、がちょうの羽、etc・・・。
荷車いっぱい積んで、父さんは10日もかけて、街へ向かった。
丘超え、谷ぬけ、小川をたどり、いくつもの農場や村をぬけて・・・。
ポーツマスの市場に着くと、父さんは、荷車の荷物を全部売った。
かえで砂糖の空き箱も、じゃがいもの空き袋や、りんごの空き樽も。
そして・・・、荷車も、牛も、牛のくびきと手綱も、全部売った。
売ったお金で、父さんはいろいろな物を買った。
暖炉にさげる鉄の鍋。
娘には、イギリス製の刺繍針。息子には、ほうきを作るバーローナイフ。
そして、家族みんなのために、薄緑色のハッカキャンディーを2ポンド。
残ったお金をポケットに入れ、父さんは来た道を、歩いて帰った。
農場や村をいくつもすぎ、小川をたどり、谷ぬけ、丘超え、家族が待ちわびる家に帰った。
父さんの帰った家では、娘がさっそく刺繍に取り掛かり、息子は木を削りはじめた。
母さんは、新しい鍋で夕飯を作り、そのあと、みんなでハッカキャンディーを、ひとつずつなめた。
冬。父さんは新しいくびきや荷車を作り、母さんは亜麻をリンネルに仕上げ、娘はリンネルに刺繍し、息子は白樺のほうきを作った。
3月になると、かえでから樹液を取り、かえで砂糖を作り、4月には羊の毛を刈り、糸を紡ぎ・・・5月になると、畑には作物を植え、育て・・・。
みつばちは、蜜を作り、がちょうはガアガア鳴きながら、あたりに羽をまきちらす・・・。
読んでみて・・・
四季の移ろいとともに、自然と寄り添いながら暮らす家族の1年の営みを、描いた絵本です。
前回ご紹介した、『かえでがおか農場のいちねん』(アリス&マーティン・プロベンセン作 岸田衿子訳 1980.6.15 ほるぷ出版)と同じような趣向の絵本ではありますが、『かえでがおか』が、「動物」中心であったのに対して、この『にぐるまひいて』は、自然に寄り添う「人」の営みが中心に描かれています。『かえでがおか』より、ちょっと大人っぽく、詩的な感じのする絵本です。
この絵本も、とても淡々としています。
10月。1年かけて家族みんなで作ったいろいろな作物を、荷車に積んで、父さんが街へいき、売って帰る。それからまた、一年かけていろいろな物を作って・・・。
ただそれだけが描かれているのですが、この絵本は絵がとてもきれい!
息を呑むような美しさ。見ていると心がほーっとするような美しさがあります。
最初の10月のページは、赤黄橙緑の紅葉した山の家の風景。白い幌のついた荷車に、お父さんが牛をつないでいます。
人物も景色も、やや様式化したシンプルな丸味のある線で描かれています。
色は、はっとする鮮やかさがあるのですが、決して華美ではない落ち着きのある中間色。清潔な、すがすがしい空気感が伝わってきます。
細かいところまで丁寧に描き込まれた、木々や街のようす。
お父さんが、荷車ひいて歩いていく道々に点在する家々も、ちょこんと大地の上に乗っかって、とてもかわいらしい佇まいです。
いちばん好きなページは、見開きいっぱい画面を横長に使って描いた、お父さんの旅の道中を描いたページ。
行きは、紅葉の真っ盛り!紅くもえる山々を後ろに、荷車の白い幌や池の水色がさわやかに映えています。
お父さんは、ポーツマスの街で1年分の作物を売り、買い物をすませると、来た道をそのまま戻るのですが、行きと帰りでは、同じ道なのに景色が違います。
帰り道では、行きとは逆に流れる景色、その季節が進んでいるのです。
10月のある晴れた日、紅葉の真っ盛りに家を出たお父さん。10日かけて、ポーツマスへ行き、そこで商いのため、何日か過ごしたのでしょう。帰りには、もうずいぶん秋が深まり、もう晩秋。紅葉は落ち、草木は冬枯れのきざしを見せています。
行きには紅葉の紅に映えていた、水色の美しい池のある町の景色も、帰りにはすっかり初冬の景色。ひっそりとした、薄夕闇の肌寒さが伝わってきます。
まったく同じ道を、見開きいっぱい横長の同じ構図で描いているのですが、まったく違う景色。季節や時刻によって、さまざまな様相を見せる、自然の神秘的な美しさが描かれているのです。
静かに、ただ淡々と描かれていますが、しっとり心に染み入る美しい景色の移り変わりを感じます。
お父さんの商いも、1年かけて家族みんなで作った物を全部、荷車を引いてきた牛や、その牛の手綱、くびき、そして荷を積んできた荷車そのものまで、本当に全部、一切合切売り払ってしまう潔さ!
家族が1年暮らすのに、必要なだけのお金を得るため、必要な分だけ自然からの恵みを受け、必要な物を生産・加工し、売って代価を得る。余分な物は作らず、ため込まず、必要最小限の物だけで暮らす。それも、決して節制のきびしさとか、貧のわびしさなどが感じられる生活ではなく、ゆったりと満ち足りた生活です。
新しい鍋をもらったお母さん、新しい刺繍針をもらった娘、新しいナイフをもらった息子の満ち足りた顔。新しい鍋では、暖かい食事の支度が整い、暖かな暖炉を囲んでの夕飯。ひとりひとつづつ、ゆっくり味わって食べるハッカキャンディー。
ささやかでつましい暮らしですが、もうそれだけで十分!
自然の営みとともに、その恩恵を受けながら人が暮らす。最小限の必要なものだけいただいて・・・。本当のミニマルな暮らしとは、こういうものなのだろうなと思います。
この潔いほどのつましさが、絵本全体に、透き通った清潔感を与えているのだなと感じます。
自然の営みに逆らわず、寄り添って生きる。めぐりめぐってくる自然の季節の美しさ、豊かさのなかに、人間も一体となって暮らす。そこには近代都市の、直線的なリニア―な時間ではなく、自然とともにめぐる循環する時間があり、ここに人間の本来あるべき姿を見ることができるように思います。
この絵本の最後、作者ドナルド・ホールの紹介文には、ドナルドの言葉として、
「そもそも、この話は、近所に住んでいたいとこから聞いたものです。ーーそしてそのいとこは、幼いころ、ある老人から聞き、またその老人は、子どものころに、大変なお年寄りから聞いたのだそうです。語り継がれたこの伝統のすばらしさ!」
とあります。この絵本のお話は、大きなドラマ展開などなく、ただ淡々と、1年間の自然と人の営みを語ったものですが、実はそれはまた、昔話のように語り継がれてきたものでもあったのです。このことは、このお話には、そうやって語り継がれるだけの力の、人がいちばん大切にしなければならない自然とのあり方、自然とともに生きる人間の、決して外れてはならない本来のあり方を見せてくれる力があり、それはまた、私たちが次代に、語り継いでいかなければならないものであるということを示しています。
循環する時間が、螺旋を描きながら、昔から今へ続いている。私たち人間が、忘れてはならないことが、詩的に美しい絵の数々で表された、すばらしい絵本です。
季節の移ろいを感じる秋、実りの秋に読むのに、とてもふさわしい、美しくすがすがしい絵本だなと思いました。
ちょっと大人になってきた子どもたちに、静かに読んであげたい絵本です。
今回ご紹介した絵本は『にぐるまひいて』
ドナルド・ホール文 バーバラ・クーニ―絵 もきかずこ訳
1980.10.15 ほるぷ出版 でした。
にぐるまひいて | ||||
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