絵本とむかしばなし

小学校で絵本の読み聞かせや昔話のストーリーテリングをしています。楽しいお話、心温まるお話をいろいろご紹介していこうと思います。

『ヒマラヤのふえ』

 ヒマラヤの昔話

異なるものの見方

 

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読み聞かせ目安  高学年  10分

あらすじ

昔々、ヒマラヤの谷あいにラモルとその妻プリンジャマティーが住んでいました。二人にはほんのわずかの畑があり、一生懸命働いていましたが、そこは岩だらけで、ろくに作物は実らず、二人はつらい暮らしをしていました。

 

そんなある晩、突然ひとりのおじいさんが現れ、一夜の宿を乞います。二人は貧しいながらも精いっぱいのもてなしをし、翌朝おじいさんは、お礼にとラモルに笛をくれました。

 

ラモルが笛を吹くと、すばらしい響きが聞こえだし、ラモルが夢中で吹いていると、驚いたことに、岩だらけの土地から緑の草や美しい花々が咲き始めます。あたり一面は美しい花園にかわり、夜になってもラモルの笛の音は山々や谷間にこだましました。

 

笛の響きは空高く、三つ星の所にまで届きます。三つ星はフクロウの姿になって地上に笛の音を聞きにいきます。フクロウたちは笛の響きに聞きほれ、夜明けが近づくのも気づかないほどうっとりしていましたが、帰らなければならないのに気が付くと、笛の音さえ聞こえなければ早く帰れるとやけになって、魔法でラモルをまるはなばちに変えてしまうのでした。

 

翌朝、プリンジャマティ―が泣きながらラモルを探していると、またあのおじいさんが現れ、三日月の夜、三つ星は魚になって蓮池に現れることを教え、プリンジャマティ―に網を織って魚を捕まえよと勧めます。プリンジャマティ―は懸命に網を織り、三日月の夜、蓮池で三匹の銀色の魚を捕まえ、ラモルを返すよう命じます。三つ星は、蓮の花で耳にふたをして笛の音が聞こえないようにしてくれたらラモルを返すといい、その通りにすると星たちは空に帰り、ラモルもプリンジャマティ―のもとに戻ってきたのでした。

 

ラモルの笛の音は今も鳥たちの声となって、ヒマラヤの谷間に響いているということです。

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読んでみて…

色鮮やかで、とても美しい絵本です。原色に近い色でありながら、土の香りがするような色遣い。遠い異国のエキゾチックな昔話の雰囲気が伝わってきます。 

 

子どもたちは成長に応じて、自分たちの関心の目を、自分たちの周囲からだんだんと広い世界に向けていきます。教育課程もその段階を踏まえて、例えば社会科の学習では、低学年は自分たちの身の周り、学校探検、町探検から始まり、中学年ではそれが市・県へと広がり、高学年になると他県・日本全体から世界へと視野を広げるよう進めていきます。

 

この絵本のような遠い外国のお話を、視野を自分の周りからもっともっと大きく広げていく高学年の子どもたちに、ぜひとも手渡したいと思います。

 

特にこの絵本は、インド・ヒマラヤ地方の昔話です。子どもたちにとって、外国の昔話は西洋のものであれば、グリムなどを通して親しみがあるでしょう。でも、西洋以外の外国のお話には、あまり触れる機会がないのではないでしょうか。

 

先ほど、色遣いについて異国のエキゾチックな雰囲気がすると述べましたが、構図の取り方も、この絵本は独特です。

 

お話の始まるページでは、ひげのある顔が描かれた大きな太陽を中心に、太陽の光彩に沿って地面が描かれ、畑を耕すラモルとプリンジャマティ―が、横顔の切り絵人形のような姿で描かれています。物語中、人物はみなずっとこの横顔切り絵スタイルです。とても原始的というか、近代絵画とはまるで異なる描き方です。

 

遠近法という西洋近代絵画が重視する構図技法も、この絵本ではまったく使われていません。地面はページによって左右や中央に湾曲しています。ラモルとプリンジャマティ―のもとにおじいさんが現れるページでは、なんとおじいさんは右ページ縦の辺に垂直に立っていて、道も縦の辺から横の(底)辺にそれぞれ沿って直角に伸び、左ページのラモルの家まで伸びているのです。遠近感や空間認識が、近代的な感覚とまったく異なっています。

 

お話の方も、読んでいると少し話の展開に違和感を感じるところがあります。三つ星が、ラモルの笛の音に聞きいっているとき、帰らなければならないからといって、急にラモルをまるはなばちに変えてしまうという所です。いくら自分たちが帰らなければならないからといって、帰れないのをラモルのせいにして、まるはなばちに変えてしまうなんて!勝手すぎるというか理不尽すぎるというか…妙に唐突な感じがするのです。

 

でも、この唐突な感じ、近代的な論理的な、常に整合性を求める思考でみると違和感を感じるところこそが、昔話なんだろうなと思います。

 

日本人は明治以来、西洋の物差しでものを見るようになっています。欧米列強に追いつけ追い越せの時代。何でも西洋化していくなかで、時間意識、空間認識(地図など)の仕方までも、東洋的日本的なものから西洋的なものへ近代化していき、現代人はもはやかつて自分たちに、そんな意識の大転換があったことなど意識ぜずに暮らしています。

 

『ヒマラヤのふえ』というアジアの昔話の絵本は、西洋的、近代的なのものの枠組みには収まらない世界観を提示してくれます。もちろん、あまり難しいことは、まだ小学生にとやかく言わなくていいのですが、このような本を読んであげることで、広い世界、いろいろな異なるものの見方、捉え方があることになどに気づいていくきっかけをあげられるのではないかなと思います。

 

いろいろな国の、地域の、いろいろな時代のお話を、子どもたちといっしょに読んでいきたいなと思います。

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今回ご紹介した絵本は『ヒマラヤのふえ』

A・ラマチャンドラン 作・絵  きじま はじめ 訳

2003.1.1  木城えほんの郷  でした。

ヒマラヤのふえ

A.ラマチャンドラン/木島始 木城えほんの郷 2003年01月
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