真実の姿
人間社会のありようを、楽しいお話にのせて、ありありと見せてくれる絵本です。
読み聞かせ目安 中・高学年 ひとり読み向け
あらすじ
ある港のそばの海辺で、アザラシの赤ちゃんが生まれました。
赤ちゃんアザラシは、お母さんのそばで暮らしていましたが、ある時、お母さんが海へ餌を探しに行っている間に、ひとりの水兵に捕まり、連れて行かれてしまいました。
水兵は動物屋に、アザラシの赤ちゃんを売ってしまいます。
動物屋の主人は、赤ちゃんに「オーリー」という名前を付け、大切に育てました。
やがてオーリーは大きくなり、遠い町の水族館へ売られていきます。
その水族館には、アザラシがいなかったので、オーリーはたちまち人気者になりました。
オーリーも、見物人を見物するのが好きでしたが、お母さんを思い出すと、とても悲しく寂しい気持ちに・・・。しだいに、お魚を食べる元気もなくなっていきました。
飼育係も館長さんも、オーリーの元気がない理由がわかりません。
館長さんは、オーリーをこれ以上苦しめるのがかわいそうなので、仕方なくオーリーを打ち殺すことにします。
飼育係は仕方なく、館長さんのいうとおりにしようとしましたが・・・、いいことを思いつきました!
水族館のわきの湖へ、オーリーを離すことにしたのです。
自由になったオーリーは、夜の湖の中を、縦横に泳ぎまわりました。
ところが、浜辺を散歩するカップル、湖を泳ぐ人、ボートに乗った人々・・・、夜の湖でオーリーの姿を見かけた人たちはみな、
「おばけぇ!」
オーリーを、海のおばけと勘違いしてしまったのです!
町は海のおばけの話題でもちきりに‼
「みずうみに、ばけもの あらわる!」
「遊覧船おそわる!」
と、号外まで出る始末。
人々はみな、海のおばけを捕まえようと、躍起になりました。
飼育係は心配でなりません。
とうとう本当のことを、館長さんに打ち明け、館長さんが警察に知らせました。
おばけが、かわいそうなオーリーだと知ると、町の人たちはみんなホッとして、笑いました。
飼育係はオーリーを見つけると、お母さんのいる海へ帰るようにいいました。
それからオーリーは、いくつもの湖や川を渡り、ようやく海へ。
そして1匹の大アザラシ、大好きなお母さんに会えたのでした。
読んでみて・・・
最後は、ほっこりと優しい気持ちになれる、楽しい絵本です。
白地に墨で描かれたモノクロの画面。
各ページが、マンガのような5、6個のコマ割りで 構成されていますが、印象としてはマンガというより、どこか懐かしいモノクロ映画を観ているような、詩情と暖かみのある画面でお話は描かれます。
お母さんアザラシの大きな体、生まれたばかりのあどけない小さなオーリーの姿からは、モノクロながら、生き物の暖かさや柔らかさが伝わってきます。
この穏やかなお話のはじまりから、ゆったりとした親子のアザラシのお話が、これからのどかに繰り広げられていく・・・かと思いきや・・・、この後、なんとオーリーはお母さんの留守の間に、水平に捕まり売り飛ばされ動物屋に!
それから水族館へ送られ、殺されそうになって、逃れた湖ではおばけ扱い‼
波乱万丈な運命が、オーリーを待ち受けているのでした。
オーリーが陥った運命は、どれもオーリーが選択した結果ではなく、すべて人間が勝手にしたこと。
海辺でたまたま見かけたオーリーを、何の考えもなしに勝手に連れ去って、売り飛ばした水兵。
水族館では、あれだけ人気者になってたくさんのお客さんを集めたのに、弱ったオーリーを持て余し、殺そうとする館長さん。
実態が何なのかわからないのに、勝手にオーリーを化け物扱いして、大騒ぎする町の人々。
振り回される運命に、必死で順応しようとするオーリーの、いたいけな姿と比べると、なんと人間の身勝手なこと。
この絵本は、アザラシオーリーの大冒険(?)を描きながら、子どもたちにわかりやすく、人間がいかに稚拙で身勝手であるかを見せ、人間社会を批判して見せているのだと思います。
特に「海のおばけ」にまつわる人々の、言説の不確かさ。
対象が何であるか確かめないまま、ただ恐怖心から騒ぎ立て、
「おばけは、とても大きくて、およぐと、一キロくらいのなみがたった。」
「おばけは子どもをたべる」
「もうすこしで、うちの子どもも、たべられるところだったのですから」
と根も葉もない噂を立て、果ては奇妙奇天烈なオーリーの姿画のでっち上げが、新聞に載り・・・。
この絵というのがまた、各新聞社でそれぞれてんでバラバラの、本当のオーリーとはかけ離れた絵になっている、というのも痛烈なジャーナリズムへの批判になっていると思います。
不確かなものに恐怖心を抱き、恐怖が恐怖を呼び、不安をさらに煽っていく。
ジャーナリズムがそれをさらに増長させ・・・。
この絵本が、アメリカで出版されたのは1940年代ですが、こういったことは現代のこの社会にも、今まさに当てはまることです。
水族館の見物人は皆、オーリーをあんなに喜んで見ていたのに、同じオーリーでも、怪物の出るという湖で目にすると、態度は真逆で、助けを求めて怒鳴ったり、ひっくり返ったり、追いかけ回したり。
怖がっているくせに、お化けを見ようと、大勢の人たちが湖のある町に押し寄せ、町のお店がお祭りのように繁盛する、化け物景気!?が起こるさままで、皮肉に描かれています。
アザラシのオーリーから見れば、何とも奇妙な、理解不能な、そして迷惑極まりない人間社会です。
でも、この絵本はただ痛烈に、人間社会を批判することだけを、主眼にして描かれているのではありません。
登場人物は、みな身勝手な「人間」ではありますが、お人よし。
動物屋の主人は、まだ小さい赤ちゃんだったオーリーに、ミルクを飲ませ、大きく立派になるまで大切に育ててくれました。
水族館の飼育係は、いつも優しくオーリーの世話をして、殺さなければならなくなった時も、必死にオーリの生きる道を探しました。
館長さんだって、オーリーを殺すことを決めたのは、オーリーを苦しめたくなかったから。
町の人々も、海のおばけをあんなに怖がっていたのに、かわいそうなオーリーだと知ると、みんな大笑い。
本当はみんな、気のいい人たちばかりです。
人間社会を批判しつつも、人間に対する愛がある。
人間の善良さを、諦めていない姿勢があります。
はれて自由の身になったオーリーは、お母さんのいる海目指して帰っていきましたが、
その旅路の長いこと!
お話の終わりに、見開きいっぱいに地図が描いてあって、オーリーの泳いだ道が辿れますが、ミシガン湖からヒューロン湖、エリー湖を抜け、ウェランド運河を超え、オンタリオ湖。そしてセント・ローレンス川を下り泳いで、ボストンより南のファルマスの港まで‼
なんとも壮大な旅路を経て、お母さんと再会を果たしたのでした。
お母さんと会えたオーリーは、また冒頭ののどかで暖かな、ゆったりとした暮らしに戻ります。
たいへんな冒険をさせられましたが、最後はほっと一安心。
子どもたちも、心落ち着けて、安心して、充実した気持ちになって、本を閉じることができるでしょう。
波乱万丈のアザラシのお話を、柔らかく面白く、暖かく、そして皮肉にも。表情豊かに描いた、優れた絵本だと思います。
楽しいお話をとおして、多角的に物事を見ることの大切さ、本当の姿を自分の目で見ることの大切さを、教えてくれる絵本です。
ただ残念ながら、絵も文字も小さく込み入っているので、教室などでの読み聞かせには向きません。おうちでじっくりと、ゆったりと、隅の隅まで味わってもらいたい1冊です。
今回ご紹介した絵本は『海のおばけオーリー』
マリー・ホール・エッソ文・絵 石井桃子訳
1974.7.8 岩波書店 でした。
海のおばけオーリー | ||||
|
ランキングに参加しています。ポチっとしていただけると嬉しいです。
いつもありがとうございます。