自然と時が見せてくれる不思議
自然がその時々に見せてくれる不思議に、目を見張り驚きを覚える感動の絵本
読み聞かせ目安 高学年 20分
あらすじ
ペノブスコット湾の水面に、雲の影が映り、世界の時が行き過ぎるのが見える。
雨が近づく。年経た岩の上に、やまももの上に、草の上に、子どもたちの上に。
早春の霧の朝。渚には誰もいないようにみえるけど、そばにはイルカの家族がいて、漁に出る舟はうねりを立て、海鳥は驚く。
林の中は、しんと静まりかえっているけれど、耳を澄ますと虫がトンネルを掘っている音、シダが育つ音、ハチたちの羽音が聞こえる。
霧が晴れると、見渡す限りの青い水!
夏の盛りは、ボートに釣り舟、大型帆船にモーターボートでにぎやかだ。
岬の年経た岩場では、子どもたちが、飛び込んだり泳いだり、城を作ったり。
夜。ボートを漕げば、満天の星が水面に映る。
けれどもだんだん日は短くなり、湾の中の舟は減り、シダは茶色になっていき、ツバメたちも飛び去っていく。
風もしだいに強くなり、油断ならないときがくる。
嵐に備えるときだ!
本土へ行って、食料とガソリンを買い込む。
男たちは船のいかりを降ろし、小舟やボートをひっぱりあげ、嵐に備えて余念ない。
潮が変わり、風が吹き、雨が降りはじめる。
嵐がやってきた!
風は海をむち打ち、雨は海原を叩く。
突風が吹きすさび、枝が折れ、大木が倒れる。
風に耐えきれず戸の掛け金が外れ、家の中にまで雨風が吹き込む。
でも、やがて月が出て、嵐がじきにおさまることを告げてくれる。
次の朝。
子どもたちは、裂けて倒れた木の上を歩いたり、木の根が残した穴に入り込んだり。
今まで見なかったものを見、歩かなかったところを歩いていく。
夏が終わる。
島を去るときがきた。
カモメやアザラシ、貝たちに別れを告げる。
波と空を、潮の香りをよく覚えておこう。
読んでみて・・・
『すばらしいとき』原題を『TIME OF WONDER』というこの絵本は、大いなる自然が、その時々に見せてくれるさまざまな神秘と不思議や、不思議と感じ驚きを覚えることのすばらしさを見せてくれる、まさに「すばらしい」絵本です。
作者は、前回ご紹介した『海べのあさ』(1978.7.7 岩波書店)と同じロバート・マックロスキー。
絵のタッチは多色遣いで、『海べのあさ』とは少し違いますが、『海べのあさ』のサリーとジェインが、大きくなって現れたような、2人の姉妹が出てきます。舞台も同じく、メイン州のペノブスコット湾に浮かぶ島々です。
『海べのあさ』も淡々とした絵本でしたが、この絵本はさらに『海べのあさ』にもまして、お話らしいお話がなく、全体が美しい色彩豊かな絵と、姉妹の父親の独り語りで、詩を綴ったように描いている1冊になっています。
最初は雲の流れ。
湾に浮かぶ島々の上に、雨雲が近づく様子を、壮大に悠々と描くことで、世界の時が行き過ぎるさまを描いています。
遠景から近景へ、その描写は移っていくのですが、それが自然を眼差す人間を起点とした、単純な遠近法ではなく、私たち人間が、移り行く時の流れの、自然の移り変わりの、端っこにいるというような描き方です。
自然が、その時々に見せる様々な表情。
うっかりしていると見逃してしまいそうな、ささやかでひそやかな自然の音や姿に、驚き、不思議を感じること。
霧の朝。視界が閉ざされた音だけの世界。ひっそりとしているけれど、孤独ではなく、イルカがいたり、誰かが立てたボートのうねりがあったり、シダが育つ音がしたり・・・。
夏の盛り。子どもたちが遊ぶ岩場は、地球がまだ若かったころにできた岩で、年を経た古い岩と、幼い子どもたちが肌を触れ合わせている不思議な感覚を描くことで、時の流れの重層性と親近性を表したり・・・。
昼間にぎやかだった岩場が、夜になると潮が満ちて、懐中電灯で照らすと、水の中は昼とは違った顔をみせたり。
灯を消せば、空に輝く幾百もの星々と、水面にはそれと同じ数の星影があり、空の星のさらに上には、すべてを見守る大いなる目があって・・・と、淡々とやさしい言葉で語り手は、自然と時が見せる様々な不思議と神秘を語っていきます。
自然が織りなす時間と空間の厳かさが、ひっそりと染み入るように感じられる語りです。
嵐は大変で、大人たちは余念ない備えに大忙しですが、そこには自然に抗うのではなく、静かに受け入れ、互いの領分を侵さない姿勢があります。
嵐のあと、子どもたちが、倒れた木の下に古いインディアンの貝塚を見つけるところにも、その背後にある人間の生活や、時に対する不思議な思い、畏敬の念を感じさせます。
ゆったりと重層的で厳かな時の流れ。
世界の時が、一分一分、一時間一時間、一日一日、季節から季節へとつみ重ねられてきたことが、移り行く自然の様子とともに語られていきます。
一歩一歩確実に、時は過ぎゆくのですが、その時間意識は、近代社会の優勝劣敗・自然淘汰の進歩史観に基づいた、リニア―な時の流れとは違います。
一日が、季節が、経めぐるように、循環しながら重層していく時の流れです。
夏が終わり、島を去る時がきて、子どもたちは「潮の みちひきに あわせていた時計」を「スクールバスの ゆききに あわせる」所へ戻っていきます。また来る年の準備をして。
子どもたちが帰っても、島のアザラシやイルカたち、鳥や貝や植物たちは、そこで生きつづけます。
人間と自然が、互いの領分を侵さず、それぞれがそれぞれの存在を認め、尊重し、自然の秩序を守っていく。人間主体の、人間の側から自然を眼差し、領略していく自然観とはまるで違った自然観です。
この絵本では、人間が本来、本当に持つべき自然観を描いているのだと思います。
時間の移り変わり、循環と重層性。自然の移り変わりと不動性。侵すべからざるもの。
大きな自然と、人為を超えた大きな力があること。
この絵本の姉妹たちのように、自然が見せる時々の不思議を、神秘を、多くの子どもたちも、目を見張って見て欲しい。そして不思議に神秘的に感じて欲しいと思います。
都市の暮らしでは、大きな自然に触れることは、なかなか難しいことですが、小さな自然も大きな自然の一部です。小さな自然の中にも目を見張って、不思議で厳かな感動に満ちた思いをしてもらいたいなと思いました。
今回ご紹介した絵本は『すばらしいとき』
ロバート・マックロスキー文・絵 渡辺茂男訳
1978.7.10 福音館書店 でした。
すばらしいとき | ||||
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