小2の国語教科書でおなじみのお話
教科書では見られないところをじっくりあじわって!
読み聞かせ目安 低学年 5分
あらすじ
広い海のどこかで、小さな魚の兄弟たちが暮らしていた。
みんな赤いのに、1匹だけからす貝より真っ黒なのがいた。
名前は、スイミー。
ある日、恐ろしいマグロがやってきて、たくさんの兄弟たちを1匹残らず飲み込んだ。
逃げたのはスイミーだけ。
スイミーは、怖くて、寂しくて、とても悲しかった。
でも、海の中で、きれいな魚たちやクラゲ、伊勢エビ、昆布やわかめの林などを見ているうちに、だんだん元気を取り戻していった。
そして、スイミーとそっくりの、小さな魚たちの群れに出会った。
みんな、大きな魚を恐れて、岩かげに隠れていた。
そこでスイミーは提案した。
みんなで集まって、大きな魚のふりして泳ぐことを。
そして、みんなで協力し、1匹の大きな魚のようになって泳いで、大きな魚を追い出した。
読んでみて・・・
1977年から、光村図書の小学校2年生の国語教科書に、採録されているお話です。
お父さんお母さん世代も、国語の授業で学んだ方がきっと多いと思います。私もそうでした。
小学校の頃の記憶とともに、とても懐かしい絵本ですね。
政府による緊急事態宣言も解除され、ようやく学校も再開。まだまだ、分散登校の短縮授業で、本格的な学習の開始は、もうちょっと先になりそうですが(2020年6月現在)、やっと子どもたちが戻った学校で、このお話が学習される日も、また近づいてきたのかなといった感じです。
40年以上にわたって、ずっと教科書に掲載され続けているこの絵本。なぜなのかなと思って読み返してみると・・・、うん、うん、実に授業向き。
とても授業が組み立てやすい内容です。
「はじめ」の導入部で、スイミーの紹介。スイミーがどんな魚か。どこで誰と暮らしているか。
「中」の展開部で、何が起こったか。そのときスイミーがしたこと、言ったこと、考えたことは何か。
「おわり」のまとめで、結果を判断。
「はじめ」「中」「おわり」、それぞれで教える側が明確に発問しやすく、子どもたちの答えを引き出しやすい。
「スイミーや魚たちにいってあげたいこと」を挙げさせたり、感想をまとめたりしやすい内容です。
「ゼリーのような くらげ」
「ドロップみたいな いわ」
といった直喩の多用も、ものの様子をよくあらわすことができる「たとえ」を、子どもたちにわかりやすく教えることができます。
「~ような」「~みたいな」を使って、文を書きましょう。といった感じで用例を書く指導も、スムーズにできそうです。
学習のまとめや振り返りをかねて、紙で魚のお面を作って、ちょっとしたお芝居なんかも楽しくできそう。(私も子どものとき、やったような記憶があります。)
お友達と力を合わせてがんばること。小さくても、勇気をもって協力すれば、大きなものにも負けないこと。そういった道徳的なことを、内容の読解や文法といった国語力を養いながら、同時に楽しく学べる恰好の優れた教材なのだと思います。
それで、40年以上も、教科書に載りつづけているんだなあと思いました。
でもでも、よくできているなあと感心しながら、光村の教科書と絵本の『スイミー』を、比べて見てみると・・・。すいぶん違います!!
内容的には同じです。文章も基本的には同じ。
ですが・・・、受ける印象はちょっと違います。
教科書の方は、やっぱり教科書なので、「国語」としての学習用に、テクストが改められています。
絵本は横書きだけど、教科書は縦書き。
絵本はすべてかな書きだけど、教科書は1年生時の配当漢字含め、2年生の新出漢字にあたる部分が漢字に。
絵本にある「でも」「ところが」といった接続詞が、教科書の方にはなく、「おなか すかせて」「おおきな さかなの ふりして!」が、「おなかを すかせて」「大きな 魚の ふりをして。」といった感じに、絵本にはない助詞を、教科書ではきちんと補ってあります。
他にも「くらしてた。」が「くらして いた。」、「ひっぱられてる・・・・・・」が「ひっぱられて いる。」と、絵本では口語的で詩的な文章が、折り目正しい書き言葉に改められています。
これだけでも、印象はずいぶん違います。
そして何よりも違うのは、絵の数々!!
教科書ももちろん作者レオ・レオニの絵なのですが、やっぱり教科書!紙数に制限があります。
絵本は題名ページを含めて30ページあって、そのすべてのページに、見開きいっぱい伸び伸びと、美しい絵が描かれているのですが、教科書はたったの10ページ!(内1ページは絵のないページ)
仕方のないことですが、絵本の絵が21ページ分もカットされているのです。
さらに、絵本は右開きですが、教科書は左開きなので、教科書の絵は原画を反転して印刷されています。
教科書は絵本より版が小さく、また国語学習として文をしっかり読めるよう字が大きく印刷されているため、絵のサイズが縮められたり、カットされたりもしています。
仕方がないといえば仕方がないのですが、詩情に満ちた美しい絵の大半が削られ、ひっくり返っているのです。
それも削られているのは、スイミーがひとりぼっちになって、海の中をさまよい泳ぐ場面の数々。
このお話は、「小さな魚たちが力を合わせてがんばった」ということに主眼がおかれて、読まれていくことだと思いますが、そこに至るまでのスイミーの海中探索の過程も、本当はもっとしっかり読んでもらいたいところ。
大きなマグロに兄弟を奪われたスイミーが、ひとり海中をさまよう場面は、単にきれいなクラゲやイソギンチャク、見たこともない魚たちを発見する旅ではないのです。
ひとりぼっちになった寂しさ心細さを抱えたスイミーが、海中を経めぐる。
最初の、兄弟を失い、ひとりぼっちの寂しさを抱いて、広い海でひとり泳ぐ場面では、グレーの海のなか、ちっちゃな黒いスイミーだけ、ぽつりと端っこに。モノトーンの寂しい絵です。
それが次のページでは一転!ぱっと明るく美しく「にじいろの ゼリーの ような くらげ・・・・・・」や、明るいブルーの海、緑の海藻。
真ん中にいるちっちゃなスイミーの心が、明るくぱっと輝いたのがわかります。
その次は、「すいちゅうブルドーザーみたいな いせえび・・・・・・」。
スイミーに対して、とても大きな伊勢エビが悠々と海底を泳いでいます。伊勢エビや石のゴロゴロした質感も生き生きと描かれています。
次は、カラフルな魚たち。
「みえない いとで ひっぱられてる・・・・・・」魚たちの泳ぎに、スイミーも合わせて泳いでいます。
「ドロップみたいな いわから はえてる,こんぶや わかめの はやし・・・・・・」は、本当にコロコロとした色とりどりのドロップのようにきれいでおいしそうな岩が、海中できらめいています。昆布やわかめは、レースを版にして描かれていて、とても優雅に海中で揺れています。
大きなうなぎも、躍動感いっぱい!画面いっぱいにダイナミックにうねって泳ぎ、スイミーがびっくりしているさまも、よくわかります。
これら、スイミーが海をさまよいながら出会った生き物たちの絵が、すべてカットされ、教科書では唯一最後に出会ったイソギンチャクの絵だけが載っていて、そのページに、「けれど、海には、すばらしい ものが いっぱいあった。」からイソギンチャクまでの文章が、すべて盛り込まれているのです。
スイミーは、海で見たこともないいろいろな生きものや景色に、単に楽しんだり驚いたりしているのではありません。さまざまなものを見ながらさまよいながら、自他の違いを認識し、大きな海のなかで、兄弟を失ったちっぽけな自分が、どうあるのか、どう生きるのか模索しているのです。だからこそ、岩かげに自分そっくりの小さな魚たちを見つけたとき、どうすればいいのか、すぐに提案することができたのです。
場面ごとに、美しく多様な表現をもちいて描かれた、海中探索のページの数々。
それぞれの場面に、テクストはほんの1、2行。実に贅沢なレイアウトです。
これらのページは、単に美しいものを描いたというのではなく、贅沢に配された絵とテクスト、その余白を、じっくりと味わい考えるためのページです。
この海中探索のページは、全14ページにわたっています。この絵本のほぼ半分をも占めてしまっていることからも、この絵本にとって、大切なページだということがわかります。
さまよいながらいろいろなものを見、考えたからこそ、スイミーは生き方を発見し、さらには、小さな魚の集団のなかで、「目になる」という自分の役割を見つけることができたのではないでしょうか。
教科書には紙数の制限があるため、全ページを絵本通りに掲載することは困難であることは仕方ありません。テクストの表記も、学習用に改めることも必要。
でも、せっかくなのでぜひ、原典の絵本も読んで、子どもたちにこの絵本の持つ美しさ、詩情、そしてメッセージを、じっくりゆったり豊かに味合わせてあげたいなと思いました。
大人の方たちもぜひ今一度、子どもの頃を懐かしみながら、この美しい絵本を読み直してみてください。
今回ご紹介した絵本は『スイミー』
1969 好学社 でした。
スイミー | ||||
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