スコットランドのお話
ユーモアのなかに対立を解決する道をみせてくれる絵本です。
おかのうえのギリス |
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読み聞かせ目安 高学年 10分
あらすじ
むかしスコットランドに、ギリスという男の子が住んでいました。
ギリスのお母さんは、谷間の村で生まれました。
谷間の村の人たちは、毛のもしゃもしゃした牛を飼って暮らしていました。
ギリスのお父さんは、山の村に生まれました。
山の村の人たちは、鹿狩りをして暮らしていました。
ギリスは、いずれ、谷間の村か、山の村、どちらかで暮らさなくてはなりませんでした。
谷間の村の人たちは、山の村の人たちを、山の村の人たちは、谷間の村の人たちを、それぞればかにしていました。
ギリスはある一年、お母さんの親戚のいる谷間の村で、暮らすことになりました。
毛のもしゃもしゃした牛の番をしていましたが、ギリスが何度呼んでも、牛たちは集まりませんでした。ギリスの声が小さかったからです。
ギリスは、毎日大きな声をだす練習をして、1年後には、肺がとても大きくなり、一息でたくさん空気を吸うことができるようになりました。
次の年。ギリスはお父さんの親戚のいる山の村で、暮らすことになりました。
ギリスは、鹿を追いかけていましたが、鹿が現れるのを待つときに、あんまり長く待ったので「はぁ」と、大きなため息をついてしまいました。そのため、せっかく現れた鹿が、逃げてしまいました。
ギリスは、長い間ひっそりと息を止めておけるよう練習しました。
そして、1年後には、肺がとても強くなり、たくさん空気をためておくことができるようになりました。
とうとうギリスが、谷間の村か、山の村、どちらの村で暮らすかを、決めるときがきました。
谷間の村と山の村の真ん中の丘で、ギリスを挟んで、アンドリューおじさんとアンガスおじさんが、話し合います。2人のおじさんは交互に、ギリスをうちの村にくるよう誘いますが、ギリスはなかなか決められません。
はじめは、紳士的に話し合っていたおじさんたちも、しだいに声を荒げ、しまいには叫んだりわめいたり、飛んだり跳ねたり、地団駄を踏んだりまでするようになってしまいました!
その騒ぎは、谷間の村から山の村まで、響き渡るほど!!
そこへ突然、茶色い大きなものを持った、大きな男が現れます。
男は、ほっぺたを膨らませ、その茶色いものに、力いっぱい息を吹きこみました。
でも・・・、何もおこりません。
「はぁ、だめだ・・・・・・。」
男は、泣き出しそうになってうなだれました。
男の持っていたものは、「バグパイプ」という楽器でした。
男はバグパイプを、大きく作りすぎてしまって、音が出せなかったのです。
アンドリューおじさんとアンガスおじさんが、それぞれ吹いてみました。
でも・・・、やっぱり音は出ませんでした。
ところが・・・。ギリスが吹いてみると・・・、バグパイプの大きな袋はいっきに膨れ上がり・・・、
「ピヤーッ!!」
ものすごい音が吹き出しました!!
あんまり大きな音だったので、3人の大人たちは、座っていた岩から転げ落ちてしまいました。
バグパイプ吹きの男は、ギリスにバグパイプの演奏の仕方を教え、ギリスは、谷間の村と山の村両方でバグパイプを吹き、みんなにとても喜ばれるようになりました。
ギリスは、谷間の村でも山の村でもなく、そのちょうど真ん中にある小高い丘の上で、大きなバグパイプを吹いて、幸せに暮らしました。
読んでみて・・・
スコットランドのお話です。
表紙には、スコットランド伝統のタータンチェック柄を背景に、スコットランドの民族衣装であるキルトを着た少年。このお話の主人公ギリスが、まっすぐこちらを見つめています。
ひとりの少年が、谷間の村(母方の村)と山の村(父方の村)の、どちらかに住むのを決めかねて、あいだの丘に住む、というこのお話。
それぞれの村で、何年か交互に過ごし、そこで生きていくために必要な能力を身に付けていったギリス。
その能力とは、なんと、牛を呼ぶ大きな声をだすために、肺を大きく強くして、一息でたくさん空気を吸えること。鹿に逃げられないよう、ずっと息を止めておくことができるように、肺を大きくして、空気をたくさん貯めておけるということ!
それぞれの村で、成長していく過程で、肺がとても強く大きくなったギリスは、大の大人でも吹けないような、とてつもなく大きなバグパイプを、吹き鳴らすことができるようになり、みんなを楽しませることができるようになりました、というユーモアあふれるお話なのですが、このお話の背景には、実は、スコットランドの低地(ローランド)と高地(ハイランド)の、長年にわたる民族的対立という問題があります。
「むかし スコットランドに、ちびっこギリスという おとこのこが すんでいました。」
という書き出しにはじまる、絵本の最初のページには、遠景に高くそびえる山の村と、手前にうずくまる谷間の村。こちらに手を振るギリスだけが、小さく描かれています。
次のページには、キルトに身を包んだギリスが、何の背景もないところに、ひとりすっくと、何の邪気もないようすで、まっすぐこちらを向いて立っています。
その次のページは、またまたそびえる山と、低地の村の間の丘に立ち、それぞれを眺めるギリス。山と谷、そしてギリス。余計なものがなく、この3つだけが描かれた導入部は、お話の舞台を印象付け、展開を予感させるものとなっています。
ギリスが中間に立って眺めているそれぞれの村で、大人たちはいつも、
「やまのれんちゅうは、おかを はしったり のぼったり はいつくばったりして、ねんじゅう シカを おいまわしてるだけ。やばんな やつらだ」
「たにまのれんちゅうは、まいにち ただ けの もしゃもしゃした うしを はらっぱに はなして、ちちを しぼるだけ。のうが ねえなあ」
と、互いをばかにして暮らしています。
隣り合う土地で、民族、文化、習慣の違いで対立する。日本に住んでいると、なじみがなくわかりにくことですが、外国ではひとつの国や地域のなかでの、こういった対立が、長い歴史のなかで争われ続け、簡単には解決できない根深い問題として存在します。
この絵本では、大人たちのそんな対立を、純粋無垢な子どものギリスが、身に付けた能力で、互いを楽しませ、心を和ませることによって、解決に導くという展開になっています。
ギリスは、何も語りません。大人たちの誰がやってもできなかった、大きなバグパイプを、
「やりたいなら やってみな」
といわれたとき、
「やってみます」
と、ひとこというだけです。
争う大人、大きなバグパイプにすったもんだする大人を前に、ギリスはいつも冷静。
じっと事態を見つめています。
でも、その目には邪気がなく、大人を批判しているわけではありません。
ただ、純粋に素朴に、その場その場で、自分がやるべきことをやる。
その結果、今までとまったく違う形、違う在り方で問題を解決に導いていっているのです。
高くそびえる山の村、うずくまるようにある谷間の村。その中間に、すっくとひとり立つギリス。どちらに甲乙・優劣付けるでもなく、バグパイプの音色で、音楽・芸術というもので、双方を融和させ和解へと導く。純粋な心、無垢な心、それが生み出す芸術の力を見せられているように感じます。複雑に絡み合った争いや問題を解きほぐす、芸術のあるべき姿を見ているようです。
絵は、表紙の地のタータンチェックのみカラーで、他はすべてモノクロ。
余計なものは何もない、すっきりした白地に、精緻な黒のペン描きです。
絵も文も、以前ご紹介した『はなのすきなうし』(1954.12.10 岩波書店)のマンロー・リーフとロバート・ローソンのコンビで、繊細な筆致は共通します。
『はなのすきなうし』のふぇるじなんどは、周囲におもねず、すったもんだする周囲を脇目に、自分の在り方をつらぬいていました。『はなのすきなうし』と『おかのうえのギリス』。お話はまるで違いますが、ふぇるじなんどとギリス、何だかひょうひょうとした存在感に、通じるものを感じてしまいした。
スコットランド中で、いちばん大きなバグパイプ吹きになったギリス。
おもいっきり大きく頬を膨らせ、大きな大きなバグパイプを吹く姿を、塀の後ろから、子どもたちが、楽しそうに見ています。
長きにわたる解決困難な問題を解きほぐす、新しいやり方。芸術の力。新しい世代への期待や希望が、こめられた絵本なのではないかなと思いました。
背景に大きな問題を抱えながらも、純粋な心、善良な心、子どもの力を見せてもらえる優れた絵本です
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いつもありがとうございます。
今回ご紹介した絵本は『おかのうえのギリス』
マンロー・リーフ文 ロバート・ローソン絵 小宮由訳
2010.10.14 岩波書店 でした。
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