都市の暮らしを潤すために消えた村のお話。
心の奥底に静かに沁み込んでいく美しい絵本です。
読み聞かせ目安 高学年 10分
あらすじ
6歳のころのわたしは、ニュー・イングランドの、スウィフト川の谷間にある、小さな村で暮らしていました。
夏は、川でマスを釣ったり、墓地でピクニックをしたり、蛍を捕まえたり・・・。
冬になると、パパは湖の氷を切り出し、私たちは、楓の幹に取り付けたバケツから、樹液をなめたり、家の中は昼夜分かたず、暖かくストーブを燃やし続けて、暮らしていました。
でも・・・、村の様子が、変わっていきます。
大都会ボストンの人がやってきて、組合会館では、大人たちが大勢集まり、話し合い。
私たちの村には、きれいな水がたくさんあるけれど、大都会ボストンは、大量の水を必要としている。ボストンは、「長いあいだのどがカラカラ」なのだそうです。
私たちの村は、私たちの水を、お金と、新しい家と、もっといい暮らしとに、交換できるのだそうです。
それからボストンで、投票が行われ・・・、ボストンの人が水が飲めるように、私たちの村が、水の底に沈められることになりました。
お墓を引っ越し、あらゆる木々が伐採され、100年も200年も建っていた家が、ブルドーザーで押し崩されました。トラックで運ばれていった家もありました。
そうして教会も、納屋も、大きな建物も、みんななくなりました。
それから、大きな機械がやってきて、ウインザー・ダムとグッドノー堤防が作られました。山と山の間に、ぽっかり穴が掘りあげられ、そこにせき止められていた川の水が流れ込み・・・、私たちの村は、水底へ沈められていきました。
それからずっと後になって、私はパパとボートで、グアビン貯水池に漕ぎだしに行ったこどがあります。パパは、
「あれは、学校。あれは、組合会館。あれは、こなひき場。」
と、水の上に地図を繰り広げてくれましたが、私には見えませんでした。
・・・でも、暗くなって、チカチカと水に映った星影を、両手ですくいあげたその瞬間!・・・汽笛を鳴らして街道を走って行く列車や、友達と歩いた十字路が、見えたような気がしました。
何もかも、水底へ沈んでしまいましたが、沈んでしまった年月の向こうから、ママの声まで、聞こえてきたように感じました。
みずうみにきえた村[新版] | ||||
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読んでみて・・・
ニュー・イングランドで、最も大きな淡水湖のひとつクアビン湖。
ワシが悠然と空を舞い、鹿が足跡を残す、素晴らしい手つかずの自然・・・。
けれどもそこは、かつては山々に囲まれた、スウィフト川の谷間。小さな町や村がいくつもあって、何代にもわたって人々が暮らし続けていた、生活の場所でした。
この絵本は、そのクアビン貯水池に沈められた村に住んでいた、女の子の視点から描かれた絵本です。
淡々と、とても静かに語られていきます。
何にも怖いものなどないと思っていた幼いころ。
四季折々の木々や草花が美しく茂り、風そよぐ通学路。
魚釣りにピクニック。
夏の夜は、遠くに汽笛を聞きながら、戸外で野宿。
蛍を捕まえては、母に「はなしてやらなくちゃだめよ」と叱られて・・・。
凍てつく冬も、楓の樹液をなめたり、羽毛布団を3枚も重ねた上に、おばあちゃんの作ったキルトを掛けて眠ったり・・・。
素朴で、静かだけれども、自然の営みに即した、穏やかで暖かく、着実な暮らし。
何代にもわたって、そんな暮らしを誠実に営み続けてきた人々が、そこにいたんだなと、しみじみと感じさせます。
変に感傷的にならず、女の子の目線で、見たままを語っていくので、返ってしんしんと心に沁み込んでくるようです。
村に変化が起こり、湖に沈められることになったときも、子どもの目を通して、淡々と語られるので、逆に事の本質が浮き彫りにされるように感じます。
大量の水を必要とする大都市の生活。その傍で、取引の結果、自分たちの暮らしと歴史を、水に沈めることになった人々。
そのこと自体を、この絵本では、いいとも悪いとも語りませんが、その移り行く過程を、子どもが新鮮な眼差しで、物珍しく目を見張って語っていくことで、返っていいようのない悲しみ、抗し切れない時の流れ、打算などなどがあったことを、読んでいる者に静かに訴えかけてきます。
バーバラ・クーニーの、透明感のある丁寧な水彩の絵の数々も、村の美しさを伝えるとともに、美しさが透き通っているだけに、いっそう沈められてしまった村への思いが切なく伝わってきます。
蒼い空、蒼い山を背景に、満々と水をたたえた蒼い湖。
見開きいっぱいに、蒼の濃淡で描かれた大きな湖は、抜けるように美しいけれど、その美しさは、美しいだけに、すべてをその水底に沈めてしまった、冷酷さをたたえていることを伝えています。
もちろん、絵本らしいファンタジーの要素も、この絵本にはちゃんとあって、そこがとても美しく、また切なく、もっとも魅力的な場面にもなっています。
村が湖に沈められて数年後、大きくなった「わたし」がパパと湖に漕ぎだす場面。
ボートの上から、パパが湖上に描いてくれた地図を、「わたし」は見ることができませんでしたが、水に映った星影が、蛍のように光ったとき、魔法がかかります。
見えないはずの村の風景が見え、汽車の汽笛が、ママの声が聞こえる。
時空がつながり、時が一瞬、逆行する。
「豊か」な暮らしと引き換えに、失われてしまった「豊か」な時を、忘れてはいけないと。そこで何代にも渡って、自然の営みとともに、つつましく送ってきた人々の営みを、忘れてはいけないということを、幻想的な詩情あふれる画面が、静かに語り掛けてきます。
この絵本は、大上段に振りかぶって、近代文明の持つ問題をとやかくいうのではなく、清らかな子どもの目と、清らかな絵で、声を荒げずとも、心の奥深くに訴えかけることのできる、とても力のある絵本だなと思いました。
地味な絵本なので、本屋さんや図書館では、にぎやかな絵本と比べて、見過ごされてしまいがちだと思います。でも、こんな絵本こそ、たくさんの子どもたちに、ぜひとも読んでもらいたいなと思いました。
心の奥に静かに訴えかけ、そしてその余韻がいつまでも心に残る、心にしみいる素晴らしい絵本です。
今回ご紹介した絵本は『みずうみにきえた村』
ジェーン・ヨーレン文 バーバラ・クーニー絵 掛川恭子訳
1996.10.25 ほるぷ出版 でした。
みずうみにきえた村[新版] | ||||
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